『ゲーテショートセレクション 魔法つかいの弟子』

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ/作 酒寄 進一/訳 ヨシタケ シンスケ/絵
理論社/刊
定価1,430円(税込)
 本書は、「文豪ゲーテは元祖ファンタジー作家」のコンセプトで、三編の短編と六編の物語詩(バラード)が収録されている。訳者によると、ゲーテが考える理性では制御できない感情や衝動を指す、内にかかえた「魔性」の意味を持つ「デモーニッシュ」を感じさせる作品だ。
 短編は、ギリシア神話が題材の寓話、異類婚と葛藤を抱えた男、緑の蛇と百合姫の物語。六編の物語詩は作品に基づく音楽も有名だ。某映画で馴染み深い「魔法使いの弟子」は滑稽な失敗談を描く。禍々しい「魔王」や鬼籍に入った者との切ない恋。キリスト教世界を生きたゲーテが異教徒側の眼差しで描いたケルト神話ドルイド僧の声に、現代に根強く残る宗教・民族問題や異文化理解の難しさを感じた。
 本書を通し、ゲーテの文学世界(政治・文化・哲学・宗教・神話・民俗)に人間の業の深さ、愚かさ、そして変わらぬ思いやり・愛を知るだろう。 
 物語「メルヘン」に、緑の蛇の愛が百合姫の悲しい呪いを打ち破り、王子との運命を切り拓く場面がある。「我々は幸運なときにつどったのです。みな、己の役割をにない、己の義務をはたすのです。そうすれば、みなの幸福が、ひとりひとりの悲しみを消し去ることでしょう。みなの不幸がひとりひとりのよろこびをむしばむことがあるように。」
 新型コロナウイルス等、最大の不幸を抱えている。みなができることをし、乗り越えるための希望の一冊になればと思う。悲しみを消し去り、最大の「幸福」を呼び寄せるために。

(評・和歌山東高等学校実習助手 形部 雅世)

(月刊MORGEN archives2021)

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