『文豪たちの住宅事情』

田村 景子/編著 小堀 洋平、田部 知季、吉野 泰平/著 長池 悠佳/イラスト

笠間書院/刊

定価1,980円(税込)

文豪に近づく新しい視点が得られる

 住宅事情から住人のアイデンティティが透けて見える。本書は、近現代日本文学を代表する大作家30人それぞれの「喰う寝るところに住むところ」にまつわる波瀾万丈のエピソード集である。文豪はなぜその物件を選んだのか、作風の芽生えとなる住まい事情はどうだったか。「郷土」「放浪」「執筆の場」「終の棲家」の4つの視点から、文豪たちの人生観が掘り起こされる。
 家制度の呪縛と格闘し続けた島崎藤村を皮切りに、農民芸術の拠点として住居を構想した宮沢賢治、散歩中に空き家に入り間取りを見て楽しんだ林芙美子。漱石が借家住まいの書斎から名作を誕生させたのに対し、家道楽の異名をもつ谷崎は、日本の伝統的な美意識を傑作『陰翳礼賛』に込めた。
 金銭問題、人間関係、健康不安を伴いながら膨張する住宅事情。文豪のただならぬ住への渇望は、文学的思考のうねりを生み、生きる糧としての創作活動を展開加速させていったのだ。
 さて、サブカル界を席巻する文豪は、必殺技を繰り出す愉快で屈託ないキャラクターである。本家本元と姿形は違えど、憧憬を一直線に希求する点は似ていなくもない。ひょっとすると「文豪たちの家探し」なるゲームアプリが登場する日が来るかもしれない。
 閑話休題。本書あとがきによると、執筆者らはコロナ禍の外出自粛で『ものを書く環境としての住宅を否応なしに考えさせられた』そうだ。文豪要素の新たな発見に繋がったに違いない。
住宅を文学表現の醸造空間にした文豪たち。住宅事情から文豪に近づく、新しい視点が得られる1冊である。

(評・広島工業大学高等学校司書 湯田 麻里)

(月刊MORGEN archives2021)

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