• 十代の地図帳
  • 青春の記憶に生きるヒントを訊くインタビュー記事

加藤 一二三 さ ん(将棋棋士)

再始動はいつごろ

 次に目覚めたのは小学校4年のとき、母が本屋で将棋の本を買ってきてくれて、それで少し勉強を始めた。だから基本は独学です。これには羽生さんが、「どうも加藤さんの話を聞いてると分からない。先生はいつ将棋の勉強をしたんですか」と言うんだけども、「そういえば私はまともに将棋の勉強をしたことがないよね」って返した。そうしたら「だって先生、勉強しないでどうやって強くなるんですか」と首を捻る。いわずと知れた天才の羽生さんは、八王子の将棋教室に通い成長したと有名です。当然の疑問なんだけど、片田舎の、まして終戦直後の街に将棋教室なんてあるはずがないわけで、まずは本で勉強するしかない。特に役に立ったのは詰将棋の本ですね。平々凡々たる手ではなく、目の覚めるような鬼手の連続で勝負が決まる詰将棋には、将棋の魅力が凝縮されているんです。これから始めてみようと思う方には是非おススメです。

将棋入門のきっかけは

 将棋を再開してしばらくした頃、新聞に将棋の観戦記が出ていた。何気なく目を通すと、攻め手が良い手を打った場合、受け手には、当然2、3の選択肢があるが、それが続くとしのぎ切るのは難しい、とある。それを見て、あァ、それだったらずっと良い手を指し続ければ将棋は勝てる世界なんだと思った。その瞬間に「これぞ我が世界」、必ずやプロ棋士になれると確信した。実際、後になって分かったんだけども、将棋は大体125手で勝負がつくんです。これがプロの場合、その9割が互いの妙手で固まってくる……。この真理に早くに気付けたのは大きかったですね。思うに、子どもの教育と言うのは、身の回りの環境にその子にとって良い材料を置くことが大事です。私の場合は、将棋の観戦記に触れる機会を、家が新聞をとっていたことで得られた。だからどこの家庭でも、何かそういうものがあるといいと思います。

その後、いよいよ本格的に将棋の世界に踏み込みます

 将棋には〝奨励会〟というのがあって、それを卒業して初めてプロになれる。それで小学6年生のとき、大阪の奨励会に入ったんだけども、そこに升田幸三八段——のちの名人がいた。私が板谷四郎八段と対局をしていると、やおら歩み寄り静観している。やがて戦いが終わるとこう言った。「この子凡ならず」——、つまり、当時、新進気鋭だった板谷八段が相手をしてくれたのは、あくまでサービスです。私に稽古をつけてあげようと好意で指していた。それを同じく棋界きってのホープが来て観戦し、褒めまでしてくれたわけです。もちろん感激したし、その衝撃は今も新鮮に残るけど、何より印象的だったのはその言い回しだった。見込みのある子を見たら誰でも「君はなかなか才能がある」だとか「有望だな」と言うのが普通です。でも升田先生は「凡ならず」という。その言い回しに天才の片鱗を見た気がした。

快進撃がはじまりますが、学校との両立に苦労は

 14のとき四段になったんだけど、これは当時の新記録で、その後も5、6、7とノンストップで駆け上がった。一方で学校生活はどうだったかと言えば、私はいわゆる文系でね。一般に棋士といえば理系という人が多いけど、私はどちらかというと国語や歴史の方が好きだった。理科とか算数は比較的苦手な方で……、だから勉強はしたけど好き嫌いはありました。ただ、有難いことにそんな私を暖かく包み込んでくれる雰囲気が学校にはあってね。というのも、私が通ったのは普通の公立で、卒業と同時に就職する生徒が沢山いたんです。そんなことから、就職指導の先生たちが企業を周って歩くんだけど、そうすると「あの将棋の子が通う学校でしょ」ってウケが良かったらしいんです。それを先生に感謝されるようなこともあって、それは結構嬉しい話でしたね。

早稲田大学に進学されます

 昭和33年、18歳で八段になった。18で八段と言えば、まさに空前絶後で、今後この記録を抜くのは難しいと言われています。その理由として、18で八段になるには、最速の14で四段になり、そこから毎年一段必ず上がらねばならないからです。これが至難で、まず前提の14歳で四段というのが相当厳しい。それがどれだけ難しいかは、かの藤井聡太さんも一度は歩度を落としたのを見れば分かるでしょう。私が早稲田大学に入ったのはそんなときだった。大学に行ったのは、当時お世話になっていた将棋の先輩方に口を極めて薦められたからです。「加藤さんね、大学に行ってちょっと視野の広い人生観を身に着けた方がいい……」とこういうわけですね。後に早稲田大学は一芸一能主義というのを取り入れるわけだけど、そのハシリのような形での入学だったと思います。会ったことはなかったけども同学年には水泳のオリンピック選手に選ばれた子もいたし、芸能のエリートもいたりしてね。

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