柳家わさびさん(落語家)
中学生になると少年マンガに夢中になった。1990年代、日本のマンガ文化は大輪の花を咲かせ、黄金期を迎えていた。世はまさにサブカルチャー全盛時代――その熱気の渦に心地よく酔いながら、少年はひたすらにマンガを書いた。もともと絵は得意だったということもある。大人になったら漫画家になりたいな……、新人マンガ賞応募ページをめくりながら時折そんなことも夢想する。
高校では美術コースを専攻――。こう聞くと、いよいよもう漫画家一本とも思えるが、意外にもそういうわけでもなかったらしく、あくまでも漫画家は憧れ、高嶺の花と、出版社などへの持ち込みを考えることもなかったようだ。両親の離婚、そして母の再婚――少年期から難しくなりはじめた家庭環境は少年が夢を抱えることを容易には許さなかった。
大学は日大芸術学部油絵学科を選んだ。とくべつ深い考えがあったわけではない。あえて言うなら流されるまま――。それでも、子どものころ見たテレビ番組『ゴールド・ラッシュ!』……画面狭しと暴れるお笑いコンビ『爆笑問題』に笑い転げていると、きまって風邪が治っていた。
小さいころ、病弱で、よく風邪をひく子どもだった。そんな少年にとって二人は風邪を吹き飛ばしてくれるヒーローだった。そのヒーローと同じ大学に入った――そう思うと悪い気はしない。お笑いに導かれ入った学び舎……、そしてそこで、一生の仕事と出会うことになる。