『会社員 自転車で南極点に行く』

自転車旅行で世界広がる

 高校に上がったころ、少しずつ、〝歩き旅″を始めた。しかし、徒歩では、どうしても、行動範囲が狭くなる。ふと見ると、自転車で旅する旅行者が目に入った。すぐにやってみると、はたして旅路が伸びる。世界が広がった――。得られる感覚はまさに、あのRPGの経験そのものだった。はじめは一人旅だが、旅の途中で道連れとなる――パーティーが増えるというのもゲームと同じ。経験が増し、難しいコースや僻地にも挑戦するようになると、少しずつ仲間との冒険も増えていく。大学に入学してからも距離は伸び続け、気付けば国内の走行距離は2万キロ。次第に海外を視野に入れるようになっていた。

 自転車旅行の魅力は〝線の旅″であることだ。観光地を飛行機や自動車で飛び飛びに訪れると、〝点の旅″になる。それが自転車なら、たとえ直線では100キロの距離でも、細かい路地を自由気ままに走らすことで1000にも2000にも旅路は延びる……、密度が濃いのだ。大学で考古学を専攻するなど、古い町並みや地図好きなことも、幸いし、青年は存分に旅を楽しんだ。

 大学2年の夏、アラン・ムーアヘッドの『恐るべき空白』で知られるオーストラリアの内陸砂漠に挑戦した。砂漠を縦断し、アラフア海に辿り着いた瞬間、魂が爆発するような衝動にかられた。命からがら成し遂げた、その冒険は、若き肉体に、確かな熱を注ぎ込んだのだった。

南極に恋をする

 大島さんが南極と出会ったのは、大学2年のとき。図書館で手にした一冊の本だった。冒険家・大場満郎の南極横断記に掲載された一枚の写真。地の果てまで続く雪原と宙まで突き抜ける青空――もしこの場所を自転車で走れたなら……。地上でもっとも天国に近い場所を歩くその姿、風景は、青年の心を強烈に刺激した。それでもやはり、現実の自分はちっぽけな存在だ。この冒険家のように、特別な人間じゃない……、打ち消すように否定すると、本を遠ざけた。

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