『会社員 自転車で南極点に行く』

 数年後、大島さんは神戸にいた。家族を持ち、日々の仕事に没頭するどこにでもいるサラリーマンになって。そんなある日、新婚旅行先を調べに入った図書館で、偶然、南極に再会する。『旅する南極大陸』と題したその本の内容は衝撃的だった。〈今、この時代、南極大陸には一般人でも観光することができる〉、その一文を目にした瞬間、夢と現実が重なった。南極を自転車で走る――実現、5年前のことである。

 実は大島さんが南極に挑戦したのは、一度ではない。2013年、知人のつてを頼り、南極を試走する機会を得た。スポンサーを集め、装備も万端、後はプレ走行を成功させるだけ……のはずだった。しかし、結果は散々なものだった。

 主因はタイヤにあった。用意したのは、横幅があり、雪に凍らない構造のもの。浮力も強く、雪上でも問題ないはずだった。極地テストも幾度となく行っている。にもかかわらず、タイヤは南極の地面をとらえる事が出来ない。空気中の水分が乾燥しては落ち、塵の沼のようになる南極の大地では、後輪にスパイクが必要だった。

 だが、大島さんはその用意を怠っていた。痛恨のミス――スポンサーも、装備も、すべてを失った。会社にも、これ以上の有給休暇のまとめ取りは厳しい、そう渋られた。身も心もズタズタだった。これ以上ない逆境、しかし、その中で、ひとつ心に消えない灯火があるのに気付いた。ああ、それでも自分は本当に南極に行きたいんだ――。

続きを読む
3 / 5

関連記事一覧