木原 実さん(俳優・気象予報士)
芸術の学び舎にて
大きな希望を胸にくぐった日芸の門だったが、すぐに理想と現実の隔たりに戸惑うことになる。というのも、学校が教えるのはあくまで学問としての演劇で、実際の講義時間の多くは、もっぱらギリシャ悲劇の解釈研究などに割かれた。
(これじゃない、自分がやりたいのは実際の芝居だ――)。そんな思いに突き動かされ、夏休みに入る頃には、血気盛んな仲間と集まってアングラ芝居をうち始めた。こうなると止まらない。加速する情熱はますます青年を駆り立て、今度は、「藤沢からの通学でなく、大学の側に下宿を借りたい」と両親に申し出た。奨学金を利用しアルバイトもするから……、懇願する息子に両親もついに許可を出したのだった。
3畳一間のその部屋は、さながら演劇の情熱を詰め込んだ箱船だった。仲間と語らい、思うさま演芸に没入する日々……。
「卒業しても夢を追い続けたい、就職はしない――」熱に浮かされたようなそんな息子の言葉に、父は半ば呆れながら、「大学まで出したんだ、もう過度な協力は出来ない。それでもやるならやればいい」と突き放した。
だが青年はひるまない。先が見えない不安も、若さと、夢が軽々と吹き飛ばす。昼間アルバイトをし、夕方から稽古、夜には小劇場の舞台に立つ。赤字にならないよう劇団員総出でチケットを手売りする。それでもなんとか舞台終わりに安居酒屋で打ち上げするぐらいは手元に残った。