清々しき人々 第15回 地理的大発見時代の英雄 ジェームズ・クック

未知の南方大陸を目指す

 一四世紀末期に登場したポルトガルのアヴィス王朝の初代国王ジョアン一世の三男エンリケ(図1)は世界へ雄飛するための技術開発と人材育成を推進した航海王子として有名です。その支援により一五世紀中頃からポルトガルの船乗りはアフリカ大陸西岸を南下して一四八八年に南端に到達、さらに九八年には南端を周回してインドに到達することに成功します。以後、スペインやイギリスが追随し、西欧世界は発見の時代に突入しました。

図1 エンリケ航海王子(1394-1460)

 一四九二年のC・コロンブスによる北米大陸近傍への到達、P・カブラルによる南米大陸への到達、さらに一五二二年に世界一周を達成したマゼラン艦隊の偉業により、次第に地球の全容が判明してきました。ところが一六世紀までの地理情報を総合すると、北半球の表面は陸地が四割で海洋が六割であるのに、南半球は二割と八割であり、当時の知識では均衡が維持できないため、南半球に未知の大陸があるという見解が登場したのです(図2)。

図2 南半球に不足する陸地

 一七世紀以後、この未知の南方大陸(テラ・アウストラリス・インコグニタ)を発見するため、当時の先進国家が競争で探検を開始しました。スペインのL・V・トーレスは一六〇六年にニューギニアとオーストッリアの中間の海峡を通過し、オランダのA・J・タスマンは一六四二年にニュージーランドの南島に到達しています。しかし、未知の南方大陸を目指して三度も太平洋を探検したのはイギリスのジェームズ・クックでした。

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