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  • 過去に読書と教育の新聞「モルゲン」に掲載された記事からランダムでpickupし紹介。

清々しき人々 第21回 世界で最初に人工雪を実現した 中谷 宇吉郎(1900‐1962)

 イギリスから帰国した中谷は直後の一九三〇年に札幌農学校を継承した北海道帝国大学に新設されたばかりの理学部の助教授に任命され、札幌に赴任してきました。翌年には京都帝国大学に「各種元素による超波長X線の発生と吸着気体の影響について」という論文を提出し、理学博士となります。恩師の寺田の専門に関係ある分野です。しかし、札幌に着任したからには雪に関係する研究をしようと検討していました。

中世から研究されていた雪

 古代から人間は雪という不可思議な自然現象に興味があったと想像されますが、記録があるのはスウェーデンのウプサラの僧侶オラウス・マグヌスによる一五五〇年の素描です。科学の視点から考察したのは天文学者ヨハネス・ケプラーで、一六一一年に発刊された『六角形の雪の薄片』で雪の結晶が六方対称であることを記述しています。さらにルネ・デカルトも『方法序説』(一六三七)に正六角形の雪の素描を記録しています。

 一七世紀になって性能の高度な顕微鏡が発明されると、雪は格好の観察の対象となり、様々な分野で活躍したイギリスのロバート・フックは『顕微鏡図譜』(一六六五)に雪の結晶の素描を掲載し、イタリアのドナト・ロセッティは『雪華図』(一六八一)に六〇の結晶を五種に分類した素描を発表しています。日本でも江戸幕府の老中首座で「雪の殿様」との異名もあった土井利位は一八三二年に八六の結晶の素描を発刊しています。

中谷に影響した写真集

 しかし、札幌に赴任した中谷が雪の研究を決意する一冊の書物が一九三一年に発行されました。アメリカの農業が本業でアマチュア・カメラマンでもあったウィルソン・ベントレー(図2)が撮影した雪の結晶の写真を集成した『スノー・クリスタルズ』という書物です。ベントレーは一五歳のときに入手した顕微鏡で雪の結晶を観察して以来、その形状に魅了され、農業のかたわら生涯に五三八一枚の雪の結晶を撮影していました。

図2 ウィルソン・A・ベントレー(1865-1931)
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