『文学の空気のあるところ』

荒川 洋治/著

中央公論新社/刊

本体2,000円(税別)

いま読まれていないものに目を向ける

 この人って自分の話ばかりする、と思わせる人が少なくない。そう感じる側も同じように思われているかもしれない。自己中心的なふるまいが問題になることの多い今、自分以外の人や物事に光をあてようとする荒川洋治の姿勢は尊い。

『文学の空気のあるところ』は詩人である著者の初めての講演録。二〇〇〇年から一四年までの間に行われた七つの講演を収める。「文学は実学である」ということばの意味を体現するような、印象深い一冊だ。

「ぼくはこんな時代になっても文学が好きなんだと思います」という著者は、詩人だからといって詩の世界に閉じこもらない。文学を起点に地理、歴史、鉄道に映画と、古今東西を広く見渡す。本を読むことは未知の世界への関心や想像力を育む営みだ。そんな実学としての読書を続けてきた著者の「ぼくなんか自己愛の塊みたいなもの」ということばは深い。自己愛を辿ると、自分の父母の生きた歴史、自分の生きる地域と、関心はどんどん広がるはず。「そういうところまで自己愛を進めてほしい」。自己愛不足のわたしたちが見過ごしているものが、この本にはたくさん出てくる。

「いま読まれていないもの、関心をひかないものは何か。それを考えれば、逆にこの時代がどんな時代なのかが見えてくる」「何かが足りないと感じたときは、いま読まれていないものに目を向けるといい」。

 愛情深い著者の世界への強い関心が、大きなものも小さなものも、すべて等しくあつかうあたたかな「文学の空気」を作り出す。かつては多くの人たちが力を合わせて支えていたこの「公平感」を今、荒川洋治が担っているのだ。

(評・文化学院講師 豊岡 愛美)

(月刊MORGEN archives2015)

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