中村 すえこさん(作家・映画監督)

映画「記憶」の着想は

 しばらく活動を続けるうち、映画に出てくる子たちのような、悪いことをして加害者なんだけど、その前提としてまず被害者なんだ、というのを目の当たりにするようになっていったんです。同時に、そこには貧困や虐待といった、いわゆる社会問題も背景に浮かび上がっていて……。この子たちを単なる加害者として扱っていいものか疑問に思うようになった。少年院から出て来ても、「悪い奴」みたいなレッテル張りをして、それで終わりでいいのかと。そうじゃないだろ、って。もちろん、だからと言って彼女たちが悪いことをしていいわけじゃないし、少年院に入ってちゃんと自分と向き合うのも大事です。でも、社会も変わる必要があるんじゃないかって。それを何かのかたちで社会に発信したくなった。

「女子少年院の少女たち」執筆のきっかけは

 昨年、大学を卒業したんです。なにしろ中学卒業から随分経ってのことだし、子育てとの両立も簡単じゃなかった。そんな色々が頭をめぐったとき、ふと今までの総決算というか、自分自身のことを含めてかたちにしたいなと思った。そこに声を掛けてくれたのがさくら舎の松浦さんだった。松浦さんは2009年に放映された私の自叙伝的映画の配給を担当してくれた方で、そこからの縁だった。で、渡りに船と書き始めて。

大学入学はどうして

 私、40で大学に入ったんです。実際、それまでの人生って、自分に知識がないのをいつも何か言い訳してきていた……、子どもがいるから出来ない、とかね。でも、やっぱりそれは生きていく上で欲しかったもので――。それでまず出来ない理由を考えるのを辞めたんです。それよりも、出来る方法を探そうと決めた。そこから動き出して。

大学時代、苦労は

 もう大変でしたね。自分が大学に行くと決めたときは、上の子が丁度大学生で。3人の子どもを抱えながら、仕事に映画に大学にと一人奮闘しました。特に大学の最後の2年間は、休みは一切なしで、いつもレポートに追われていた。NPO活動も、もちろん続けていて、足掛け8年間交渉を続けた映画はいよいよ具体化に向かっていた。当時を思うとちょっと混乱するくらいスゴかったですね。

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