塚田 万理奈さん(映画監督)

映画監督になる

「何もない自分をありのままに撮った」卒業制作は、完成し、塚田さんは卒業を迎えた。依然、拒食症は猛威を振るい、就職活動は滞ったままだった。そんなある日、あの卒業制作が、にわかに脚光を浴び始める。あちこちの映画祭で上映され、賞も受賞した。この頃塚田さんは、一人の女性に出会っている。摂食障害の治療のなかで、偶然知り合ったこのキャバクラ嬢は、暗い双眸に心の欠落を色濃く感じさせたが、本人は、それをさして気にはしていないようだった。それどころか、「不安定の何が悪いのか」と、言わんばかりに自由に街を泳ぐ彼女の姿は、それ自体、どこか救いを感じさせる。偏見もなく、遠慮もない彼女との付き合いは、塚田さんの傷だらけの心を柔らかく包み込んでいった。やがて白夜の夢想のようなその交際は終わりを迎え、彼女はまるでこの世のものでなかったように、その姿を消散した。気付くと地獄の季節は和らいでいた……。

 この時の記憶を辿り、昇華したのが映画『空(カラ)の味』だ。自制を失ったことへの自己嫌悪、自分を異常と認める怖さ、混沌に落ちた家庭、どん底での出会い、見つけた答え――すべてを死に物狂いで詰め込んだ。映像を目にした父母は、ありのままに撮られた我が家を意に介さず、ただ娘を祝福した。瞬間、負い目もわだかまりもすべてが氷解した。最後に人生の姿勢を訊ねると、「自分が納得していることが一番大事。他人の価値観を気にするより、自分の心に従い生きるのが一番豊か」。自らの軌跡と出会いが導いた生き方を胸に、明日もメガホンをとり自身と向き合う。

つかだ まりな 1991 年長野県長野市出身。 日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。卒業制作『還るばしょ』が、第36回ぴあフイルムフエスティバル(PFF)入選、第8 回田辺・弁慶映画祭文化通信社賞受賞他。最新作『空(力ラ)の味』が第10回田辺・弁慶映画祭グランプリ受賞。

(月刊MORGENarchives2017)

関連記事一覧