高田 知己さん(弁護士)

 父の仕事が都内中心だったこともあって、中央大学入学を機に、家族は東京に越した。昭和の後期に八王子に移転した中央大学のキャンパスは、広々とした内観、各所にエレベーターなど、バリアフリー設備を備える。数キロ先の高尾山の心地よい山風を感じると、いよいよ大学生活の開始である。もとより司法試験合格が目標ではあるが、この頃の高田青年には、具体的な将来像はまだない。(最難関と言われる司法試験に挑戦する)、それがモチベーションのすべてだ。まだ体力が十分に戻らない身体には、立ち止まると、途端に不安が押寄せる。とにかく何か一生懸命になれるものが必要だった。なにより、ペーパーテストならば、車椅子のハンデも気にならず、言い訳にもならない。選んだ道は、大学と司法試験予備校のダブルスクーリング……、こうしてついに人生をかけた試験への挑戦が幕を開けた。

 当然だが、最難度の司法試験に受かるのは至難の業だ。合格を目指し、10年、20年選手はザラ、という世界。青年も大学、浪人時代を通じ、懸命に取り組むが、容易に合格はできない。季節外れの桜がついに咲いたのは、司法試験が新方式に改定された平成18年の秋のこと。このころには、行政書士を取得、働きながら、一人暮らし、新制度に対応するための法科大学院も修了していた。 現在は、個人事務所を開業、多忙な毎日を送る。注力するのは、借金と交通事故。専門外の事柄にも適切に対応するため、他の士業との勉強会は欠かせない。話の最後、車椅子と弁護士業について聞くと、「今は、バリアフリーが整備され、車椅子でも弁護士をする上で、苦労を感じることは少ない。弁護士は、相談相手に全力で向き合い、対話する仕事。人を好きなら向いています」、と笑顔を見せた。事故と、試験と、そして人生に向き合い、辿り着いた天職。その懐の深さ、暖かさは、これからも多くの人生を助けてゆく。

たかだ ともき 1967年、茨城県生まれ。86年の交通事故により、以後車いす常用者となる。中央大学法学部、成蹊大学法科大学院卒業。2006年、司法試験合格。07年、髙田知己法律事務所設立。

(月刊MORGENarchives2017)

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