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朱野 帰子さん(作家)

『わたし、定時で帰ります』――このタイトルにハっとさせられる社会人は少なくないだろう。団塊、バブル、氷河期、ゆとり……、まったく異なる断層を内包するIT会社のオフィスワーク、人間模様を描いた小説だ。著者は朱野帰子さん。9年のサラリーマン生活を経て作家になった。自身の経験を昇華した会社ものの小説はとくに多くの支持を得る。新時代のプロレタリア文学――その旗手の十代を訊いた。

東京のご出身ですね

 そうですね。それも親族みんな東京という生粋の東京っ子で。小さいころからほとんど移動することなく、生まれ育った中野で22歳までを過ごしました。一度だけ大学1年のときにほんの少しの間、祖父の家に間借りしたことがありますがそれぐらいですね。そのあと就職してからは一人暮らしです。

読書好きな少女だったとか

 それはもう病気のように好きでしたね。朝、親が起きると、すでに陽がこぼれはじめた窓辺に張り付くようにして本を読んでいる。幼稚園に行っても、小学校でもやっぱり本ばかり読んでいる……。親からもとにかく本を読むのをやめさせるのがすごく大変な子供だったと聞きました。

本に傾倒したきっかけは

 それはごく自然に……。家には特別たくさん本があったわけじゃなかったし、母も読書家というほどでもない。周りを見ても本棚がある家が珍しいような地域だった。実際、妹はまったく本を読まないですからね。だからもう本当に自然発生的な病気というか――いわゆる活字中毒ですよね。幼稚園のときに母が先生に呼ばれて「あの子はちょっとおかしい」と言われた。まったく外で遊ばずに、ずっと幼稚園の本を読んでいる。それも漢字のある本を読んでいるから、意味は分かっていないだろうと言うんです。でも、いざ自分で子育てをしてみると、幼稚園の子でも結構漢字って読めちゃうんですよね。昆虫が好きな子が昆虫の名前を全部覚えるのと一緒で、活字を覚えるのがすごく早い子もいる……。で、小学校に上がる前の未就学児検診のときに、ものすごく近眼になってることが分かったんです。「検眼をするので一週間は本を読まないように」と医師に告げられた。その一週間がとてつもなく苦しかったというのは今でも覚えています。家じゅうの本を探し回り、見つからないと、家電の説明書や薬の効能書まで漁って読んでいた。

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