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早見 和真さん(小説家)

 親も世間も、何もかも恨めしくて、電話も出ずに過ごしたけど、2カ月ぐらい経ったとき、ふと集英社に勤めるある編集者の電話に気付いた。僕の10歳上で、貧乏な僕を面白がって、銀座の店に連れてってくれるような人だった。その電話に出たのは本当にたまたまだった。クサってる僕を心配してかけてくれた気遣いにもほだされて、2カ月ぶりに電車に揺られ、終電で新宿に向かい、飲み始めた。話は、自然、お互いのルーツに及び、僕は原体験の高校野球を話した。すると彼は、僕は小説の編集者だから小説を読んであげるしかできないけど、君が山ほど本を読んできたのはよく分かってるつもりだ。ダメ元で野球の小説を書いてごらん、と提案した。出版の約束はできないけど、読んであげるのは約束する。生活に不便のないよう、アルバイトの口まで世話するから、と—。それを聞いたとき、これが間違いなくラストチャンスだと思った。その翌日、大学に退学届けを出し、書き始めたのがデビュー作の『ひゃくはち』という小説で。そこから運命が転がっていった。

新作『ザ・ロイヤルファミリー』について聞かせてください

 競馬はブラッドスポーツと呼ばれ、一般的には血の継承がテーマになりがちですが、僕はそれよりも、馬に託した想いの継承だ、という思いがあって……。それは、僕がデビュー作から一貫して書いてきた親と子、父と息子といったテーマ—今までは表向きは隠して、内包してきたテーマで、いつかそれをメインに書かなきゃなと、密かに温めていたんですが、それとピタッと結びついた。それで、これはちょっと逃げずに、継承をテーマに書きたいな、と。それがはじまりで。

若者にアドバイスを

 毎年、高校に講演に行くんです。そういうとき、僕は決まってインド帰りみたいな、少し汚い恰好に、なるたけロン毛で行く。ワケの分かんないあんちゃんが来て、全然小説には触れず、目に見えるものだけに囚われるから現代は息苦しい。もっと目に見えないものにも目を向けないと、と諭す。そして、自分が彼らと同じ年の頃に、大人を見極めようとしていた話をする。そうして、みんなにとって最初の大人がオレだと思うなら、連絡してきて、と話す。そんなやり取りから何かが生まれることを期待している。底にあるのは、高校生が目覚めることにしかこの国の未来はないという思いです。この先、地球環境に何か重大なことが起きたとき、若い人たちは生き残れない。でも、今、世界の舵取りをしてるのは、そんな世界でもどうせ生き残れちゃうオジさんたちです。若者が自分たちの未来を自らの手で切り拓いていって欲しい、そんな切実な願いがいつもあるんですね。

はやみ かずまさ 1977年、神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。2015年『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。『ひゃくはち』『イノセント・デイズ』以外にも、『ぼくたちの家族』『小説王』『ポンチョに夜明けの風はらませて』など多くの作品が映像化されている。他の著書に『95 キュウゴー』『店長がバカすぎて』『神さまたちのいた街で』『かなしきデブ猫ちゃん』(絵本作家かのうかりん氏との共著)、最新作『ザ・ロイヤルファミリー』がある。

撮影:編集部

(月刊MORGENarchives2019

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