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朱野 帰子さん(作家)

小説家を志したのはいつ

 いつだろう……。みんな一度は、アイドルや小説家に憧れるじゃないですか。そこと、本当になりたいと思ったところの境目が自分でもちょっとよくわからないんですけど。ただ、まったく見るところのない生徒だったにも関わらず、「答辞にいいんじゃないか」と唐突に言われる。塾の先生に高校受験用の小作文を出したら、「コピーして取っておいていいか」と聞かれる。そういうことが積み重なって、ちょっとずつ「もしかしてこの分野が得意なのかな」と思うようになった。でも本当は『動物のお医者さん』を読んで、すっかり心を奪われ、中学を卒業するときには「獣医になる」と心に決めていたんです。大学まで全部調べたんですよ。だけど、高校1年のときに、自分が致命的に数学ができないというのを思い知らされて。それがもうホントに「得意じゃない」とかのレベルではなくて、「クラスの落ちこぼれ」レベルだったんです。見かねた先生が出題趣旨を教えてくれたにもかかわらず、平均点の半分しか取れないんですよ。一方、国語は何もしなくてもある程度できてしまう……。それで、もうこれは明らかに得意なほうに行ったほうがいいだろう、と。泣く泣く獣医の夢を諦めて、昔の早稲田大学の1文の文芸専従という――、文章を専門に教えるところに入ったんですね。

いよいよ本格的に作家道へ

 いや、でも本当になれるとは思ってなかったと思います。とにかく大学は行かなきゃいけない。どうせ行かなきゃダメなら好きなことができるところがいい――、そのくらいしか考えていなかった。だから大学を卒業したあとのことはあまり考えないようにしていた気がします。やっぱり小説家ってアイドルになるのと同じくらい、子どもにとって雲の上のことなので。いま考えると、適性がありさえすれば、ということだと思いますが、当時はサラリーマンとかの方がずっと簡単に見えて。のちにそうではないことがわかるんですけど(笑い)。

大学では作家を目指して

 いきなり「作家になる」というよりは、まだ小説も書けていないわけです。一作も書いていないわけですから、とりあえず小説を書きたいなと思いつつ過ごすんですが、周りを見ても誰も小説を書いていない。「小説を書きたい」という人たちが集まっているはずなのに、誰一人ペンを取らないんです。習作を書いて発表する「合評会」のような授業もあって、そうするとみんな冒頭は書く。良さげな感じの――おシャレな雰囲気の冒頭は書いてくるんですけど、結末まで書く人は1%もいなくて。わたしもずっとそんな感じでした。でもこんなこと言うのも何なんですが、みんな「小説家になりたい」と言う割には、小説を書くどころか読みもしない。なんなら課題小説も読んでこなかったり……。そんなぬるま湯のような空気があった。漫画『青い炎』で、登場人物が「漫画家になる」と言いつつなかなか漫画を書かない場面が出てきますが、ちょうどあんな感じ。あの気分はすごくよく分かる。

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