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中村 太地さん(将棋棋士)

初のタイトル戦の記憶は

 2012年の棋聖戦、相手は羽生さんでした。初のタイトル戦に最高の相手、と嬉しさと興奮を噛み殺しましたが、結果は0勝3敗――ストレートで敗れてしまって。自分の甘さ、足りなさを大いに気付かされた良い経験だったけど、とにかく悔しさだけが残った。その翌年、今度は王座戦で、再び羽生さんとまみえた。今度こそ是が非でもタイトルを獲る――。決死の覚悟でのぞんだ勝負の結果は2勝3敗。このときばかりは、及ばなかったあと一歩がなんなのかと、本当に考えさせられて……。ちょっともう羽生さんには勝てないんじゃないか――とまで思いつめた。「自分は強くなっている」「良い将棋が指せた」という確かな想いがある一方で、「結果としてなにも残らなかった」という現実が苦しかった。そこからしばらくは試行錯誤の日々が続きました。

心が折れそうなことは

 短期的にみればもうしょっちゅうですよ。同じミスを何回も繰り返したりすると、ああ、向いてないんだな……、と溜息をついたり。でもやっぱりいつも最後には将棋を好きだという気持ちのほうが勝る。それでまたいそいそと盤に向かい、腕組みをはじめる。

昨年、念願のタイトルを

 2017年の王座戦、3度目の正直でついに羽生さんとの戦いを制して。将棋を続けてきて、頑張って来てよかったな、という想いで一杯でした。前回の対戦から4年の間には、将棋界にも大きな変化があった。上の世代の台頭だけでなく、下からの強烈な突き上げもあって、とくに最初の2年間はタイトルの挑戦権も得られないような状態が続いた。息苦しさに耐えながらも、勉強法を変えるなど必死にあがくうち、思いがけず手のなかに王座挑戦のチケットが舞い込んだんです。それをなんとか結果に結びつけることができた。

大学生活で得たものは

 さまざまの世界のいろんな人たちと知り合えたことですね。学生時代の友人とは、卒業して10年近く経ついまも交流がある。それが将棋に生きたかはともかく人生としては豊かになってるかなと思いますね。

AIの台頭については

 ボードゲーム全般をAIが席巻するようになって久しく、一時は「AIに負ける棋士なんていらないんじゃないか――」というような手厳しい意見も出た。でも僕個人は、AIとうまく付き合うことで、将棋の楽しみ方や奥深さをより知ることもできた。AIが強くなったことで、改めて人間同士の対局の面白さが見直されている部分もあると思います。その結果としていまの将棋ブームもあるのかもしれない。いろんな面で、AIとうまく付き合ってゆくことが大事かなと考えています。

目指す目標は

 まずはひとつタイトルを獲れたので、それをずっと持ち続けたい――タイトルにずっと関わっていられる棋士になりたいですね。あとはいまの将棋ブームができるだけ長く続くように、自分自身できることを精一杯やっていきたいと思います。やっぱり若いひとたちがやってくれると活気づきますしね。プロを目指すとかばかりでなく、ただ楽しく指して、人生の栄養にしてもらえたらと思います。

なかむら たいち 1988年、東京都生まれ。小学6年で奨励会に入会、高校3年でプロ入りを果たす。2007年、早稲田大学入学。卒業後の2011年には勝率一位賞を受賞。2017年、第65期王座戦で羽生善治前王座を破り初のタイトルを獲得。

(撮影:編集部)

(月刊MORGENarchives2018)

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