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朱野 帰子さん(作家)

そこからどう脱却を

 文芸専従は卒論が小説でなければダメなんです。そこではじめて強制的に締切ができて(笑い)。それでなんとかひとつ書ききって。

小説を書いた感想は

 書いてみてこれはエライことだと思った。とても苦しい作業で、しかも書いているときはまったく面白くない。よくよく辛い仕事だということがわかった。あともうひとつは現役作家の方が講師の授業があったんです。そこで作家とお金の話を聞いた。それがとてもリアルな話で、出版業界のお金の配分の話をとっくり聞かされた。話では、確かに作家も売れれば儲かるんです。でももし売れなかったら……。それを聞いて「これはどう考えても無理だ」と思った。それでいったん小説家を諦め、とりあえず普通のサラリーマンになろうと決めて。

就職活動の思い出は

 ちょうど就職氷河期だったので大変でしたね。もともとの労働意欲も低かったせいか、面接でもけっこう落とされて……。最終的には就職活動をすべて失敗して、「もう就職はしない」と言い出したわたしを見かねた父が、知り合いの会社を紹介してくれた。そこは全部で5、6人の新卒採用もしていないような小さな会社で、そこになんとか入れてもらうことができた。でもコネで入れてもらうのも問題があって……。やっぱりプレッシャーがすごいんですよね。好意で雇ってもらってるんだから利益を出さなきゃ、というのがつねにあるし、なにより顔をつぶせない。やめられない。結局7年間、どんなに辛くてもやめられなかったですね。あとで、もっと苦労しても普通に就職すれば良かった、とすごく後悔しました。だから若い人にはコネ入社は勧めません。

7年に読書傾向に変化は

 当然読むものも大分変わりましたね。大学生のころは『村上春樹』とか、ちょっと現実から浮遊したファンタジーを好んでいたのが、エッセイ漫画や現代ものの軽めの小説を読むようになった。それも自分にすごく近い境遇のものを求める。たとえば田辺聖子さん。彼女は実際に会社で9年間働いている。そういう、働く女性の悲喜こもごもを描いた質の良い本を会社帰りに開く。というのも社会人になるとまず時間がないんですよね。それに仕事でも大量の活字を読まされて疲れている。現実の生活がきついとどうしても、フワフワした話には乗り切れない。かといって重い現実を突きつけるような小説も、明日からまた頑張らなきゃいけない心には負担なわけです。だからそれまで読んでいた明治文学なんかもまったく読まなくなりました。

ほかに興味をひかれたのは

 本以外では、仕事をテーマにした海外ドラマ『アリーマイラブ』とか。当時の日本では仕事や働く女性そのものにスポットを当てたドラマはまだなかった。同世代のいないなかで働くわたしは、そういうものを見ることで、なにか同期と愚痴を言い合っているような気分になっていました。わたしたち就職氷河期世代は、採用人数がすごく少ない世代なので同期もいないし、とにかく即戦力であることを問われるんです。バブル期のドラマとかを見ると、入社1、2年目はみんなで遊んだり、恋愛したりというのを見かけるけど、わたしの場合はそういうのも一切なく。社内恋愛もしづらい雰囲気だったので、わりと孤独でしたね。

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