小野 正嗣さん(作家・第152回芥川賞受賞)
小野正嗣さんは作家である。2001年『水に埋もれる墓』で第12回朝日新人文学賞受賞を決めると、立て続けに賞を受賞。2015年にはついに『九年前の祈り』で第152回芥川賞に輝いた。九州の漁師町に生まれ、山と海に囲まれて過ごした少年の頃……、その心に密かに燃え始めた外界への憧れとは。小説家に至る十代の旅路、その地図帳を開いた。
大分のお生まれだとか
僕が過ごした蒲江町は、田舎の小さな浦(入り江の漁村)でした。海ばかりの漁師町、隔絶された空間の中、濃密な人間関係に包まれ育てられた幼年期を、今も懐かしく思い出すことがありますね。もっとも、僕と同じ世代は、町には、もうほとんど残っていません。当時通った小学校も、数年後に廃校がきまっているんです。
ご両親はとても働きものだったと聞きました
そうですね、ただ、僕の印象では、田舎はどこの家庭でも、両親は共働きが普通でした。地元で水産会社を営むような家の奥さんも、やはり毎日働きに出て行くんですよ。それは、里帰りする今も、同じように繰り返される光景です。
すると親と過ごす時間は必然的に少なくなりますね
子供たちがみなそういう環境ですから、やはり地域の目が重要になっていますね。田舎の良さと言えることですが、親が仕事で留守であっても、必ず誰かしら近所の人たちが見守ってくれるんです。そして、情報を共有、伝達することで、事故等を未然に防げることが多くあります。僕の場合も、通う小学校ばかりか、中学まで、地域の目撃情報が細かく連絡されていました。また、お腹を空かせていると、ご飯を食べさせてくれたり常に気に掛けていてくれて。ネグレクトといった状況がおきにくいんですね。
子供を育てるには理想的な環境だと
もちろん、人間関係が濃密すぎることが、鬱陶しく感じられること。周りの視線にさらされるあまりに、自意識過剰になって、恥をかく事に非常に敏感になる、などのマイナスの要因もありますが、なんにせよ、周囲から暖かく見守られている、というのはあると思いますね。先日、帰省した時のこと。在籍した中学校と、地域の複数の学校が吸収合併した中学の講堂で、生徒たちを前に話をする機会がありました。みんなは、こんな田舎退屈で鬱陶しいと思っているだろうけど、一回飛び出して、外から見てみると、全然違う風に見えるよ、というような事を言いました。