小野 正嗣さん(作家・第152回芥川賞受賞)
それが小説を書くきっかけになった
大学院生のときでしたね。修士論文の内容が、どうにも思いつかず、これは困ったな、と頭を抱えていたんです。やがて期限も迫り、何か書かなければ、と気ばかり焦りますが、一向に思いつきません。追い詰められ、真っ白になる頭に唯一浮かんだのが、故郷の海、山、そして人びとでした。一度原点に帰ってみようか…。そうして生まれたのが、故郷の蒲江を舞台にした短編です。それが始まりですね。
そしてその後、立て続けに文学賞を受賞されます
最初に2つ、3つと受賞した後は、少し時間がかかりましたけどね(笑い)。でも、その頃は研究もしていたこともあって、それよりもまず、大学に就職したい、というのが本音でしたね。その少し前に、博士論文のため、フランスに留学していたのですが、そこでとても良い先生との出会いがあり、朝から晩まで文学に浸かる素敵な時間を過ごしていました。ただ、つい長逗留してしまって、論文を書くのが遅れ、就職活動にもひと苦労していたんです。
九州の田舎から出てきて大学の先生になるというのは大変なことだと思います
大学の先生ってどうやったらなれるのか、というのは、僕自身も分からなかったですね。周りにそんな人もいませんでしたから。田舎の人達も、あいつ東京大学なんて行ったけど、まだ学生やってる、余程頭が悪いんじゃないか、なんて言うんです。大学院に行ってる、と言うと、大学に行ったものが、まだ大学にいくんか、お前相当馬鹿じゃのう! って(笑い)。
今、都会で暮らし、親として感じることは
今の子供たちは、学校の勉強、宿題、習い事でもまた宿題と、本当にやることが多くて大変に見えます。何気なく塾のテキストに目を通すと、味気ない問題が羅列され、これに時間を割くなら、いっそ児童文学でも読んだほうが、と思うこともあります。しかし、もちろん本を読めばそれだけで心や人格に良い影響があるわけではありません。読書で得られる知識、想像力を、豊かな果実として食すには、自身の社会環境で様々なことを経験し、与えられ、自分もまた、その一員として貢献していくんだ、という人格的な成長なしには語れないと思います。