瀬戸内 寂聴さん(作家・尼僧)

『源氏物語』と仏門は深い関りがあると

 そう思います。当時の仏教――『源氏物語』の中に出てくる仏教は『天台宗』です。私も天台宗ですから、中尊寺で出家したときの式次第(進行プログラム)が、『源氏物語』のラスト『宇治十帖』のヒロイン、浮舟が出家するときのものと同じなんですよ。それで紫式部はそれまでもたくさん出家について書いてきたけども、浮舟のときにはじめて詳しく書いてあったので、これはもう紫式部自身が出家したな、と感じ取ったんです。

『源氏物語』にこだわるわけは

『源氏物語』は日本が世界に誇る文化遺産で唯一無二のものですからね。私自身ももちろん触発されましたし、日本国民全員にぜひ読んでもらいたいと思っています。いまから千年も前、まだ世界の誰もが想像もしない中であれだけのものを書いたんですから、これはすごいことですよ。すでに海外では、イギリスの東洋学者、アーサー・ウェーリーが英訳したものを世界中の人たちが楽しんでいます。なにしろ、それを読んだドナルド・キーンやサイデンステッカーといった人たちが日本の文学に目覚めるくらいですから。ドナルド・キーンさんなんて私と同い年なんだけど、学生時代、古本屋でなにか安い本を買おうと、店頭に積んである本の山から一番分厚くて安い本を手に取ったのが『源氏物語』だったんです。で、読んでみたらその面白さに仰天して、それで日本文学に目覚めたの。いまや日本人より日本の古典ができますよ。

『源氏物語』現代語訳版のこぼれ話などは

 私の現代語訳版ができてしばらくした頃、外国人ジャーナリストを招いての私の質問会があったんです。そのときジャーナリストたちが、自分たちは上司に「日本に行くならまず『源氏物語』を読んでから行きなさい」と言われた。それを読まないと、日本人の気質が分からないし、考え方が分からないから、と。そう聞かされて自分たちは必死で長いアーサー・ウェーリー訳の『源氏物語』を読んできた。ところが日本に来て、誰かに会って『源氏物語』のことを尋ねると、みんな「知らない」という。これはどういうことか、って言うんですね。それはもう恥ずかしかったですよ。だって日本人はこれだけ海外の人に影響を与えている国宝のような作品を読んでいないんです。それについて語りたいという外国の人が来ても、対話も出来ないわけですよ。実に嘆かわしいことですよね。

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