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安部 龍太郎さん(小説家)

司書の資格はどちらで取得を

 当時は図書館の職員研修で司書の資格を取得できるという制度があったんですが、これを利用しました。作家への道程を真剣に具体的に考えた末の結論でしたね。

図書館司書の間はかなり読書を

 それはもう自由に読み放題でしたね。言うなれば酒飲みを酒蔵にいれているようなものでね(笑い)僕の勤めた図書館は20万冊ほどの蔵書がありましたが、その中から自分の興味のある分野を手に取り読み漁りました。幸いだったのは僕が勤めた図書館の館長がやはり作家を目指す同志だったことでしょう。同人誌に寄稿する傍ら図書館に勤め作家修行をするという、まさに作家を目指されていた方でね。その彼が僕の小説を読んで高く評価してくれたんです。君はこれだけ文章を書けるんだから、図書館の官報を担当しなさいと言われてね。官報を担当するということは国の様々な書籍に目を通すことになったわけですが、おかげで堂々と仕事中に本を読むことができるようになったんですね。

その当時既に歴史小説を

 当時はまだ現代小説でしたね。現代社会がいかに人間を疎外しているかなどをテーマに現代社会への違和感を描いていました。具体的には現在問題になっている原発の問題や食品添加物をテーゼとしていましたね。30年ほども前の話になりますが、実はこれら諸問題に関して多くの国民は当時から認識していたんですよ。わかった上で、それでもまあそこまでひどいことにはならないだろう、というのが大方の見方だったんですね。というのも全共闘運動がつぶされてからというもの、国民の多くが屈服型の処世術にシフトしてきたこともあり、見過ごされてきたんですね。これは原発の安全神話などにも顕著ですが、反対派を根絶やしにし、危険性に目をつむりにつむった結果の福島原発事故勃発というようなことでね。こういった流れは30年以上も前から続いていたんですが、僕はそういった全てに異議申し立てのようなことをやりたいと画策していたんですね。でもどうやらそれでは作家になれない、と感じ始めるようになりました。

歴史小説にシフトされたきっかけは

ずっと同人誌などに参加し執筆活動を続けていましたが、それだけではなかなか作家になれないということを徐々に実感するようになりました。つまり働きながら他の事をするということは所詮日曜大工のようなもので、それでは到底既に専従し抜きん出ている人たちには勝てない、追いつけないということなんですね。それで、安定した職場を捨てざるを得ないという決心をすることになりましたが、妻子ある身でしたし、なかなか踏ん切りがつかずに悶々とする日々を過ごしました。

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