• 十代の地図帳
  • 各界の著名人の十代の道程にその道に入る心構えやヒントを見る

安部 龍太郎さん(小説家)

そんな時期、インドに行かれる機会をもたれますね

 すっかり行き詰まり悩んでいた最中、たまたま友人に安く行ける旅行があるから一緒に行こう、と誘われたのがきっかけでした。意図しなかった旅行先のインドで世界観の変わる経験があったんですね。それはつまり日本を外側から見ることで相対化できたことだったんです。インドの価値観や生活に身をゆだねるうち、日本という国家とそれに帰属していた自らの人格を相対化することができたんですね。

インドから帰られると同時に仕事を辞められます

 しばらくインドを旅し、騙され、たかられ、押し売りをされる中、ある時に忽然と「人間はありのままで尊い」ということに気付かされたんです。そしてありのままで尊いならば人間の人生に優劣も、幸、不幸もないということなんですね。それならば自分の生きたいように生きなければ損なんじゃないか、嘘なんじゃないかというようなことが素直に腹に落ちたんです。それで日本に帰るとすぐに辞表を出したんですね。

インドで与えられた神性の本質は

 日本に戻ってきてから、僕自身なぜインドからそういったインスピレーションを受けたのか知りたくなり、しばらくインドや仏教に関する書物を読み漁りました。中々判然としませんでしたが、仏教の中に梵(ブラフマン:宇宙を支配する原理・真理)を見出し、人間もその分かたれし一部であり、同様に尊いもの。つまりまさに「人間はありのままで尊い」という真理にいきついたんですね。ところが、仏教の経典の中にその真実を探しても中々みつからなかったんです。それが、今回、『等伯』を執筆するにあたって法華経を理解する必要に迫られたときに読んだ植木雅敏さんの本の中に見つけることができ、ようやく得心を得たんですね。つまり28の時にインドで感じたインスピレーションは仏教、或いは法華経の本質を直感的に感じ取ったものだったということをようやく実感することになったんです。

最新作についてお話を

 次回作は『五峰の鷹』という小説です。「五峰」とは戦国時代の中ごろ、五島列島の福江を拠点に明と日本の貿易をつかさどった『王直』という海賊にスポットライトを当てた物語です。明と日本の間をとりもった彼らがなぜ海賊と呼ばれたのかと言えば、当時、明が国策として行っていた鎖国により、正式な貿易ができなかったことが原因です。当時日本では石見銀山で発掘された銀を明に輸出することで莫大な利潤を出すことができ、かたや中国からは日本にも出回り始めた鉄砲の材料、火薬を輸出することは莫大な利益を生みました。間に入った王直は往復するだけで莫大な財産を築いたんですね。

関連記事一覧