『おお、あなた方人間、兄弟たちよ』
アルベール・コーエン/著 紋田 廣子/訳
国書刊行会/刊
本体3,400円(税別)
「憎まない」というメッセージ 人の心に届くことを願って
著者のコーエン(1895~1981)は、フランスで育ったユダヤ人です。本書は、彼が晩年、未来を生きる人々のために残した回想録で、子ども時代の経験を綴っています。
十歳の誕生日に、香具師(露天商)から言われた「お前は汚いユダ公だろう、(中略)さっさとうせろ」という言葉。それは、少年にとって、自分がユダヤ人で、差別され、憎まれる存在であるという宣告でした。彼は悩み苦しみ、気が狂ったように街をさまよい歩きます。そして、この経験に対して、後年、彼が導き出した答えは「赦す」ことでした。
周囲から向けられた憎しみに対し、どのようにして赦すことができるのでしょうか。著者が主張するのは、いずれは死を迎える同じ人間として、兄弟愛を持って、互いに哀れみ、憎まないようにするということです。少し分かりにくいかも知れないのですが、本書を読み、コーエンの語りに耳を傾けると、哀れみや兄弟愛という言葉が十分説得力を持って響いてきますので、ぜひご一読ください。全て理解できなくても、自分なりに考えてみることができるはずです。 あとがきを読むと、作品の背景がよく分かり、興味が増すと思います。私は特に、イスラム過激派等によるテロ事件が頻発した2015年以降、フランスではこの本に挿絵を付けたバンドデシネ(漫画)が発表されるなど、再評価されているということを知り、興味深く思いました。差別、偏見、不寛容に苦しむ人の多いこの時代、本書の「憎まない」というメッセージが、多くの人に届くことを願っています。
(評・白百合学園中学高等学校司書教諭 笠木 美希子)
(月刊MORGENarchive2020)