『石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹』
石牟礼 道子/著
弦書房/刊
本体1,900円(税別)
生涯を通し社会の理不尽に立ち向かった
表紙にはパーキンソン病を患った晩年の石牟礼道子さんが描いた自身の手。啄木の歌にあるように見つめてみたと書かれています。一九六九年から四十年以上「水俣病」の真実を『苦海浄土』全三部として書き続けた作家の手です。本書には新聞で連載されたものも含め、俳句と解説、晩年の自筆画がまとめられています。
「わが道は大河のごとし薄月夜」高度成長期の日本で起きた大規模な公害を現在は教科書の一ページとして知る人がほとんどでしょう。汚染されてしまった水俣の豊かな海。著者はそこに生きる苦難を抱えた人たちと共に険しい流れのなかに身を投じたのです。
幼い日の原風景も句に詠まれています。「泣きなが原化けそこないの尻尾かな」伝説では悲運な娘らが泣きながら通った原っぱ。著者は水俣病での少女時代に身近に感じていた山河の精霊たちの存在を想い、「泣きなが原」という言葉の響きに、悲しみにおおわれたこの世をイメージします。
「あめつちの身ぶるいのごとき地震くる」二〇一六年の熊本地震の句。「私は天の声をつねに聞こうとしながら生きてきたように思う」すでに車椅子での生活を送っていた石牟礼道子さんは宇宙の摂理のなかで人間の存在の卑小さを語り死をも受け入れたといいます。
障害を通して社会の理不尽に個として立ち向かった姿勢と生き方に、私たちは今こそ学ぶべきことがあるのではと考えます。予想も出来ない惨禍への不安、人間の尊厳を脅かす格差。本書が、石牟礼さんの遺した著作に触れるきっかけになればと思います。
(評・袖ケ浦市立昭和中学校 学校司書 松井 恭子)
(月刊MORGEN archives2020)