『ベスト・エッセイ2020』
日本文藝家協会/編
光村図書出版/刊
本体1,800円(税別)
先入観なしで読んで、人それぞれのお気に入りが
二〇一九年に発表されたエッセイ、七七編のアンソロジーである。
色々な人の文章が載っているが、本書は「まえがき」も「あとがき」もなし、エッセイの説明も最低限(作者の肩書と初出のみ)。作者がどんな人で、どんな意図で書かれたかということはこの際気にせず、先入観なしで読んでみてほしい。きっと読んだ人それぞれのお気に入りが見つかるはずだ。
収録されたエッセイは身辺雑記から追悼文まで多様だが、中でも伊藤亜紗さんの「ティッシュの否定形」と、辻村深月さんの「まばたきをするように」の二編は、十代の方におすすめだ。一つ目は伊藤さんが芸術についての講義で学生に出した課題についての文章で、「ボックスティッシュを否定せよ」というテーマで作品作りに挑んだ大学生たちの感性に瞠目する。二つ目は、学園祭で辻村さんの小説を脚本化し、上演した高校での出来事が書かれている。「未来はまだわからない」とまっすぐに話す高校生への、辻村さんのメッセージがあたたかい。
最後に、はっとした一文を示す。青山七恵さんが落語を聞きに行くエッセイに、「客席の全員がおもいおもいにゆったりくつろぎながら、高座にいる噺家さんの声に耳を澄ませ、声をあげて笑っている」とある。こんな些細なことが二〇二〇年には難しくなってしまった。たった一年でなんと様変わりしてしまったことか!当たり前だが、どのエッセイにも、近いうちに変わってしまう生活の気配は微塵もない。本書は、世界が一変してしまう直前の、日常の記録でもあるのだ。
(評・福島県立福島西高等学校学校司書 田中 希美)
(月刊MORGENarchive2020)