『柚子の花咲く』
葉室 麟/著
朝日新聞出版/刊
本体660円(税別)
春の陽射しに包まれる心地よさ
宝永六年(一七〇九)、徳川家宣六代将軍の頃、各地は風水害に見舞われ甚大な被害を受けていた。大雨と山崩れで川の流れが変わり、瀬戸内海で隣り合う日坂藩と鵜ノ島藩では千拓地の境界線を廻って紛糾が起きていた。境界線取決めの覚書を持つ青葉堂村塾の師、梶与五郎は自ら江戸に赴き評定所に覚書を届けようとしていた矢先、川岸で遺骸が発見される。身分の隔てなく、愛情深く塾生を育てる与五郎は子どもたちに大変慕われていた。日坂藩郡方の若き藩士筒井恭平も教え子の一人。恭平は恩師亡きあとの悪評の理由をたどり、誰が何のために与五郎を殺害したのか、真相究明に乗り出す。そして明らかになる恩師与五郎の過酷な運命と殺害を命じた驚愕の人物。恭平の師を信じ慕う一念で終盤一気に謎は解明され、悪事は露見する。覚書と合わせてこそ有効な境界線紛糾の切り札となる絵図を守っていたのは青葉堂村塾の子ども達だった。与五郎にとって絵図を託す大切な人とは、塾の子ども達だった。紛争は決着し、恭平は郡方藩士に加えて青葉堂村塾師の併任を申し出、愛するおようと結ばれる。「桃栗三年柿八年、柚子は九年で花が咲く」与五郎の教えを晴れて唱和する恭平と子ども達。
葉室麟の作品に触れると読後がすがすがしく、心が凛と湧き立ちます。
春の陽射しに包まれる心地。想像力、リサーチ力、歴史、文化、生き方、一気に幹が太くなり、遠回りのようで効率的な読書、手間をかけて読んでみませんか。
(評・前・千葉県立印旛明誠高等学校司書 山中 規子)
(月刊MORGENarchive2018)