「わたしのマンスリー日記」 第12回 林真理子理事長、辞めなくていいですよ!!――イチハラ・ハピネス
その組織の長の2年の任期が終わった時、第二の選挙に巻き込まれました。これも意に反して担がれて出た選挙でしたが、ここでも苦渋を飲まされました。同僚が真っ二つに割れての選挙戦となりました。今となってみれば時代の過渡期に起こった事件(?)だったように思います。
選挙戦は特別な論点があったわけではなく、ある基準を満たしているか否かで別れた対立でした。それは博士の学位を有しているか否かの一点でした。周知のように我が国では、医学や理系の研究者はその多くが博士の学位を持っていますが、人文・社会科学系においては博士の学位は長い研究蓄積の結果によって得るものとの意識が根強く、博士号を持つ人は限られていました。
しかし、国際的にみれば分野を問わず博士号(Ph.D.)を持つことは当たり前のことで、いわば研究者としての基礎資格みたいなものなのです。T大は博士の学位を持たない人は教授に昇任できないという原則を全国に先駆けて掲げた大学でした。
私は学位取得者側のトップにまつり上げられ、学位非取得者の候補者と戦うことになりました。日頃接している同僚たちが東西に分かれて戦うーーそう関ケ原の超々ミニチュア版のように見えました。その選挙戦の過程で、大学教授の醜さを垣間見てきました。権力の座を得るためなら平気で嘘をつく、二枚舌を使う、人の信頼を裏切る――そんな実態を目の当たりにして、悲しみの余り涙がこぼれました。
私は私利私欲のために人を欺いたり裏工作することが大嫌いなのです。政治がそんなものだとしたら、自分はとても政治家にはなれないな。そう思いました。
いよいよ決戦の日。結果は数票の差で私が負けました。もともとなりたくて立候補したわけではないので結果オーライだったのですが、この選挙で受けた経験は心の痛手として今も残っています。私が石田三成に惹かれるのはそのためかもしれません(笑)。しかし、人間万事塞翁が馬とはよく言ったものです。人の吉凶はそう簡単には決まらないという意味です。その選挙で敗れたことで思わぬ道が開かれました――と言いたいところですが、そうはいかないのが人生です。国立大学が法人化されたのは2004(平成16)年度のことですが、新しくできた法人法では従来国家公務員だった教官も事務官も国家公務員から国立大学法人の職員という位置づけになり、労働条件的には労働基準法が適用されることになりました。これは労働組合を鼓舞することになりました。