「わたしのマンスリー日記」 第9回 水害地名の反響あれこれ
【9月4日】「川辺、頑張れ!」
先日は谷川先生の素晴らしいご著書をお送りくださり、誠にありがとうございました。まずはあとがきを拝読し、感激と感嘆で涙がこぼれました。大井先生を通じて、奇跡の人のお書きになった、奇跡の本に出合えたことに心から感謝します。谷川先生は本当にすごいです。同時に自分が毎日どんなに感謝が足りていないか、思い知らされ、反省しました。折に触れこの本を手に取って自分を見直したいと思います。
本文も大変興味深く拝読しています。母の実家のある川辺(現倉敷市)についての記述は特に興味深く読ませていただきました。吉備郡真備町が吉備真備を由来とすることは地元周辺の人は知っていますが、谷川先生のご指摘のとおり、倉敷市になって真備町と吉備真備のつながりが、それほど明示的でなくなったと思います。川辺にある母の実家は西日本豪雨で甚大な被害を受けましたが、母の兄の長男(私の従兄)が頑張ってリフォームなどをして元々の家に住み続けています。谷川先生の「頑張れ、川辺!」に元気づけられました。今度伯父を訪ねる時に、真備公民館川辺分館にも行ってみたいと思います。 (清泉女子大学教授 阿川敏恵先生)
*冒頭で紹介した佐伯先生の感動的な式辞についての情報を寄せてくれたのは大井恭子先生でした。大井先生は私の従兄妹に当たるので、あえて「恭子ちゃん」と呼ばせていただきます。専門は英語教育ですが縁あって私が筑波大学に移った後を追うように、千葉大学教育学部に迎えられ今は同大の名誉教授です。千葉大学退職後は清泉女子大学に招かれて教鞭を執ったことで、佐伯先生との縁が生まれたようです。
ドラマはここから生まれました。今年の3月、かつての教え子が大学院を修了するということで恭子ちゃんはお祝いに駆けつけたそうです。しかし退職した身ですので、式場には入らなかったとのこと。そこが恭子ちゃんらしいところかな。
ところが式が終わって、学長式辞で従兄妹の私のことが出たことを聞いて、あわてて連絡してくれたという次第です。
実は式辞の件を恭子ちゃんに伝えてくれたのは阿川先生だったことが、今回わかりました。人の縁って不思議です。でも、その縁を紡ぎ上げるのも人の力なんですね。縁とは人と人との「つながり」のこと。このつながりさえあれば、どんな苦境にあっても生きていける――そう思います。「人間」とは本来そういう意味だったんですね。
谷川 彰英 たにかわ あきひで 1945年長野県松本市生まれ。作家。教育学者。筑波大学名誉教授。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。千葉大学助教授を経て筑波大学教授。国立大学の法人化に伴って筑波大学理事・副学長に就任。退職後は自由な地名作家として数多くの地名本を出版。2018年2月体調を崩し翌19年5月難病のALSと診断される。だが難病に負けじと執筆活動を継続。ALS宣告後の著作に『ALSを生きる いつでも夢を追いかけていた』(2020年)『日本列島 地名の謎を解く』(2021年)『夢はつながる できることは必ずある!-ALSに勝つ!』(いずれも東京書籍刊)がある。
(モルゲンWEB2023)