「わたしのマンスリー日記」第16回 生き地獄を見た

 環境リズムの中には非常に細かいケアが含まれています。私の場合は朝食にはエンシュアという栄養を胃婁を通して注入し、昼食と夕食は普通食を摂っているのですが、まず経口の食事は禁止されました。これは別にダメージはなかったのですが、飲水を止められたのは厳しい処置でした。私は夜寝る前と朝起きがけに水を100ccほど飲むことにしているのですが、これを止められたことは辛かった。口の中が砂漠状態になり、これも生き地獄を感じた要因の一つでした。
 細かいことを言い出したら切りがありません。気切(気管切開)の部分に化膿止めの薬を塗ってもらっていたのができなくなったのも、痛みを増した要因だったと思います。目薬も朝晩に2種類の薬を差すことにしているのですが、それも途絶えました。当時口角炎を患っていて、口腔ケアの際無造作に触れられて痛みが走るなんてこともありました。
 このようなケアは個人に付き添うヘルパーだからできることであって、病院の看護師に求めることができないことは百も承知しています。システムが違うからです。どの看護師さんも秒刻みで動く中で(本当に!)、良くケアしていただきました。ありがとうございました。特に退院直前に黙ってひげをそってくれた看護師さんには感謝です。

「空中文字盤」

 今回の入院では新しい問題というか課題に直面しました。それは病院関係者との意思疎通、コミュニケーションに関することです。私は2年ほど前からST(Speech Language Hearing Therapistの略:言語聴覚士)さんの指導で、「ダブルアイ・クロストーク」という方式を取り入れ、全てのコミュニケーションを行っています。この方式は千葉県八千代市在住の医師の太田守武先生が開発されたコミュニケーションメソッドです。太田先生はALSに罹患されながらもハンディを超えて医療を続けていることで知られています。
 原理はとてもシンプルで、誰でも直ちに会得できます。私の部屋には、「あかさたなはまやらわ」の紙が貼ってあります。最初のステップは私がいずれかの紙に視線を向けます。対話者は私の視線がどこに向けられているかを確認します。仮に「た」に視線が向けられていることが確認できたとしたら、次のステップは対話者が「たちつてと」と読み上げます。私は「と」を指定したいとしたら、対話者が「と」と発声するタイミングで私が瞬きをします。それを対話者が確認してようやく「と」が伝達されたことになります。
 この作業を繰り返すことによって初めて「とうきょう」が確定し、それを対話者が「東京」に変換してコミュニケーションが成立です。今は慣れてしまっていますが、考えてみれば途方もない作業です。

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