「わたしのマンスリー日記」第17回 「死なないでください!」
よみがえった笑顔
私は退院した2月15日の夜、「無事退院できました。声援ありがとうございました。この日を記念して私の教え子になってくれませんか。今構想している本であなたとの出会いについて書くつもりです」と書きました。彼女と共闘するためです。見ず知らずの先生に「私の教え子になってくれませんか」などと声がけするなんてことは普通はあり得ないことですが、個人的にはその奇想天外な発想がいかにもマンガチックで好きなのです。
山口さんからは「退院おめでとうございます! 新しい船出ですね。教え子にしていただけるなんて、幸せです、先生の教えを私のサイズで受け継いでいくことを、これからの楽しみにしていきます! 今からわくわくしております!」とリスポンドありました。
3月23日に福岡で行われる予定だった「足もとに授業のたね〜地域を生かす授業〜」用のプレゼンのデータができたのでアドバイスしてほしいというメールが入ったのは、何と前日の22日の夜10時過ぎのことでした。何でもその日に予定されていた卒業式の準備のために忙殺されており、こんなタイミングになってしまったとのことでした。無理からぬ話です。
プレゼン用のデータを見て私は考えました。今からコメントを送ってもデータを作り変える時間なんかないよな――それが率直な思いでした。でも、少しでも手助けになるかもしれないと考え直して、1時過ぎに返信しました。
自分で言うのは僭越ですが、私は人前で話すことに関してはいささかの自負がありました。最盛期には夏休みの1か月に28回の全国行脚講演のレコード(?)を持っていますし、倒れるまではテレビのバラエティ番組にも数多く出演してきました。
そんな私の目から見ると、プレゼン用のデータには二つの問題があると思いました。一つは冒頭に「足もとに授業のたね〜地域を生かす授業〜」についての小難しい理屈が書かれていました。まずこれをカットするよう指示しました。聞くところによれば、スピーチの実質持ち時間はわずか12分。聴衆の内学校の教員は全体の40パーセントほどで、他は保護者とその子弟とのことでした。学校の教師にしか通用しない話では効果は望めません。
山口さんが用意した「たね」はどこの学校にもある「校章」でした。素晴らしい着眼です。これまで校章を取り上げた社会科の授業を見たことはありませんでした。私はこの校章の話だけで十分だとアドバイスしました。翌早朝、間に合わないと思いながらも、「決して欲張らないことです」とメールしました。