「わたしのマンスリー日記」 第3回 「壁のないコンサート」
「利他」とは他人(ひと)のために力を尽くすことです。来場者の表情には例外なくこの「利他の精神(思い・心)」がにじんでいました。この利他の思いはアーティストを含めた千数百人のコンサート関係者・参加者に共有されていたはずです。こう考えてきて私の問いはようやく解けました。あのチャリティーコンサートでは舞台上で演ずるアーティストと私たち聴衆の間には「壁」がなかったのです。さらに聴衆一人ひとりの間にも「壁」はありませんでした。だから舞台からの音楽がストレートに「チカラ」となって私たちの魂を揺り動かしたのでしょう。その時サントリーホールは確かに「利他ホール」に変身したのです。私ども大学人がやっている講演との違いも見えてきました。私どもの場合は壁だらけなのです。講演の趣旨に同調しない聴衆がいるのは当たり前ですし、その他日常的に学閥や政治閥など様々な壁に取り囲まれてがんじがらめに縛られているのが現実なのです。
苦しみの連帯
湯川れい子さんがチャリティーコンサートの案内に「コロナ禍でも、いえ、コロナ禍だからこそ、生演奏と生の歌声に力を貰います」と書いていましたが、その言葉をお借りすれば「ALSでも、いえ、ALSだからこそ、チャリティーコンサートに参加しました」と言えるでしょう。私は今手足は全く動かず人工呼吸器をつけているために発声もできませんが、そのような苦しみに耐えてきたからこそ言えること、言いたいこともあります。苦しさの対象と質は異なってはいても、苦しみを乗り越えかすかな光でさえも追い求めて生きようとする姿勢は同じはずです。
当日、知人・友人・関係者の皆さんに心づくしのメッセージを送りました。
皆 様
私が言うのも変ですが―――、本日のチャリティーコンサートにご参加いただきありがとうございます。エンジン01文化戦略会議会員の谷川彰英です。私は5年前ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、現在発声もできませんので文書でメッセージを伝えさせていただきます。3.11から12年。ALSに倒れるまで復興支援の様々な活動に参加してきましたが、家族や家屋を失い故郷を追われた方々のことを考えるといたたまれなくて本コンサートに参加しました。私も苦しいですがそれ以上の苦しみと闘っている皆さんのことを考えると、「ALSごときに負けてたまるか!」という勇気が湧いてきます。震災の記憶を風化させないために小文を書きました。演奏の合間にでもご笑覧いただければ幸いです。もとになった連載は『地名は水害予測の暗号 いのちを守る!』として、関東大震災100年を迎える9月に上梓する予定です。最後に本コンサートの歌声が3.11の被災者の皆さんのみならず、戦火で苦しむウクライナの人々、未曽有の大地震の中で必死に生きようとしているトルコ・シリアの人々にも届くことを祈っています。
2023年3月11日
谷川彰英 地名作家・筑波大学名誉教授