『漫画版【文語】たけくらべ』
樋口 一葉/原作 千明 初美/漫画
武蔵野大学出版会/刊
定価2,500円(税別)
文語体の行間から物語の情景がよみがえる
樋口一葉の小説「たけくらべ」を千明初美さんが描いた漫画版である。漫画では登場人物のイメージが固定してしまう。そう思う読者もいるだろう。しかし、一葉の小説は文語体で書かれている。現代にあって、どれだけの人がその内容まで理解することができるのだろう。口語訳されたものや注が付いているものも今までにはあった。でも一葉の世界に浸るにはやはり原文の言葉の美しさに触れてほしい。そこでこの本には様々な工夫がなされている。登場人物の話し言葉の吹き出しは、口語文で書かれているが、所々のコマ割りには、原文の擬古文がちりばめられ、「たけくらべ」の雰囲気を損なわないようにしている。
さらに二部では、口語訳と脚注を入れることで読者の理解が進むようにしている。
最後の第三部は原文のまま載せられている。第三部まで読み進む頃には文語体の行間から物語の情景がよみがえってくるだろう。「たけくらべ」の世界に惹きこまれてしまうのだ。美登利が信如に花の枝をせがみ、お互いが意識する場面。鼻緒が切れて困っている信如を見つつ、助けの声がかけられない美登利と受け入れられない信如のふたりの心のうち。白水仙の情景での幕切れの場面。心の琴線に触れる情景を漫画と原文の両方で味わってほしい。このような形の古典の本がもっと出てきてもよい。
いつまでも子供のままでいられずに定められた運命を受け入れなければならないこの時代のふたり。この小説を読んで同世代の中高生はどのように感じるのだろう。読者が大人であったなら、この頃に置き忘れたものを思い出すかもしれない。
(評・横須賀市立鴨居中学校司書教諭 今井 司)
(月刊MORGENarchive2017)