『源氏物語宇治の結び(上・下)』
荻原 規子/訳
理論社/刊
定価各1,836円(税込)
源氏を読むための最良のテキスト
のっけから余談めくが、丸谷才一は『源氏物語』を題材に『輝く日の宮』を著した。長編小説を読む醍醐味に満ちている。未読の方は今すぐ本屋に直行してください。
その丸谷が「長篇小説は速く読まなければ楽しめない。翻訳で読めばそこの所がうまくゆく。それに第一、トルストイだつてプルーストだって翻訳で読むのだから、『源氏物語』を現代語訳で読んでいけないといふ法はない。」とある書評で述べている。
そういう意味で本書は源氏を読むのに最良のテキストといって良いでしょう。帯の惹句にも「スピード感あふれる新訳」とある。つまり長編小説を楽しむことができる訳=文体といっていい。
近代以降、名立たる作家たちが源氏の現代語訳を試みてきたわけだが、いずれも古典作品であることを忘れさせてくれるものはなかった。書き手も読み手も大上段に構え過ぎてしまうのだ。すると、どうしてもドライブ感は鈍る。本書を読んで余計な煩いを感じることはなかった。そのため、むしろ私は直に源氏に触れた気がした。それがこの訳の美点だろう。
ところで、年末年始をハワイで過ごした。どこに行っても本屋に行きたくなる。旅の途中、立ち寄った本屋で棚の一列半を埋め尽くした村上春樹の後に、源氏の英訳が二冊。それも異なる翻訳である。
現代語訳、外国語訳。いずれも〈翻訳源氏〉は奥深い。ドライブ感なら萩原源氏だし、それぞれの訳に特徴がある。それらを比較するのも楽しいし、原文に当たるのも良いでしょう。
源氏の翻訳史についてまとめれば、古典と現代とを架橋する源氏受容史になると思うのだが。
(評・長野清泉女学院高等学校教諭 小林 健太)
(月刊MORGENarchive2017)