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『地図マニア 空想の旅』
今尾 恵介/著
集英社インターナショナル/刊
定価1,300円(税別)
デジタル全盛時代にこそ生きるアナログな地図読み
フリーの地図研究家として活躍する著者。地図愛好家向けの月刊誌に「見てきたような地図旅行」と題した連載を基に編まれた本書は、戦前の地図や外国の地図を題材に、著者がその時代、あるいはその国の旅人となり、車窓からの景色や街歩きの様子を綴ったバーチャルな旅のエッセイ集である。
グーグルマップなど、カラフルで一見何でも分かるように見える現代のデジタル地図は、その場所を知るための必要不可欠な情報(植生や等高線など)は省略され、逆に土地の特徴の理解にはあまり役に立たないノイズ(例えば店の名前やグルメ情報など)が溢れていて却って読みにくいと著者は嘆く。その点地形図は、省略するものは省略し、強調すべきものを引き立たせる「美学」がある上、過去から現在に続く貴重なアーカイブである。インターネットの地図も、検索サイトすら使わずに、地形図から読める事象とアナログな資料だけで書き上げたという「架空の旅の記録」は、かつて時刻表を片手に架空の旅行を楽しんだ世代には懐かしく、若い世代には「職人芸」として映るかもしれない。国内の時空の旅では、東海道線が丹那トンネル経由になる前に小田原から熱海を結んでいた軽便鉄道の乗車記(芥川龍之介の『トロッコ』の舞台)が、海外ではカナダ・アメリカ国境の「滝へ行かないナイアガラ紀行」が特に印象深かった。
間もなく高校で「地理」の必修が復活する。より多くの先生が地形図に関わることになるが、デジタル全盛時代にこそ生きる「アナログな地図読み」の面白さ奥深さを、本書を通じて感じてもらえればと思う。
(評・静岡県立裾野高等学校教諭 伊藤 智章)
(月刊MORGENarchive2016)