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加藤 登紀子さん(歌手)

 加藤登紀子さんはシンガーソングライターである。その道程は東京大学在学中「アマチュアシャンソンコンクール」で優勝したことに幕を開けると、その後は激動の昭和と歩調を合わせるように次々とヒット曲を連発した。現在(2025年時点)は日本訳詩家協会で会長を務める傍ら星槎大学共生科学科で教鞭をとるが、波乱万丈をくぐったその目に3・11、そして現代の日本社会はどう映るのか――、その核に迫った。

青春時代はベトナム戦争をはじめ世界的に激動の時代だったのでは

 世界で起こっていることがテレビで見られるようになった時代でしたね。当時はリアルタイムで茶の間で戦争を見られるっていうのは本当に大変なことでね。それを見て世界中の若者が一斉に戦争反対に立ち上がったくらいで。そう考えると今のネット社会は情報量がはんぱじゃない。様々な窓から無限にも思える世界へ誰でも白発的にアクセスできるわけです。これは私たち大人が逆に戸惑ってしまうほどの変化ですね。ただ、誰もが同じ番組を見ていた時とは違ってそれが必ずしも共有されていないというのはありますね。

そのような極端な時代の変遷、情報革命の狭間に昨年は3 ・11 もありました

 情報の氾濫は逆に「井の中の蛙」という状況を各人に与えている気がします。人間は本質的には自分の人生しか生きられないんです。3・11 の被災者の方々にお会いした時も、なおのことこの感覚は強くなりました。被災された方々の悲しみを完全に理解することは到底無理ですもんね。胸の中で泣きくずれる人たちを必死で抱きしめながら思いました。それぞれに与えられた井戸に生きる蛙なんだな、って。

 世界中にはすばらしく多様なそれぞれの生き方がある。現代のネット社会では一人ひとりの持つ井戸には、いまや無数の覗き窓がついていて様々な他人の人生を標傍できます。でも大事なことは、お互いの不可侵領域である井戸を尊重しあいながら接していくことに始まるのではないでしょうか。「井の中の蛙」という 言葉は本来マイナスなイメージをもたれる格言ですが、今の高度情報化社会の中で、自らの井戸より他人の井戸に意識が飛び、マネーゲームに奔走し自分の足元も見えなくなりがちな先進国民においては、かえって、ちゃんと自分の井戸を持つことを意識することも必要かもしれません。殊にグローバリズムの中で自給自足の観念を持たなくなった各国には、いつのまにか自国が枯れ井戸になる危うさを感じてしまうんですね。

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