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青い海と空のみちのく八戸から・波動はるかに 第12回 80-80(Ⅱ)北行
私は生死を夢想する場合、屡々ブラックホールをイメージする。宇宙を浮遊してきた生命が、ある時、ブラックホールの重力にからめとられる。こちら側とブラックホールの間には緩衝地帯があって生と死がグラデーションを成している。濃い生から次第に生が薄くなり、死の密度が増加してブラックホールの世界になる。つまり死と生は一体でその濃度の差でしかないのではないか。あるいは、こちら側とあちら側を行ったり来たりしているのかもしれない。また、どちらが生でどちらが死の世界かもわからず、死を生き、生を死していると言ってもよいのではないだろうか。
さて、現実に戻ろう。移住する決心をした頃、描いた生活は老い先も考慮して「晴耕雨読」乃至「晴球雨読」であったが新しい友人たちとの交流も予想外に多く、実状は老孟風生活には遠く及ばず結構忙しいのである。考えてみれば現世のリアル生活は様々な藪用に追いかけられ、それらから逃れようと頑張るのだが、かえってそれが、更に要らぬ藪用を呼び寄せるようなところがある。であったならそれを逆手に取った発想でなにかを成すことを考えなければならない。
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