
鹿島田 真希さん(小説家)
当時、悩みや痛みはどのように消化を
17 歳の時に日本ハリストス正教会の信徒になったので、教会の神父さんや仲間達に吐露していました。当時、自分がクリスチャンであることや教会通いを学校でオープンにしていたんですが、日本社会では宗教という概念があまり一般に浸透していませんから、それも周囲に一線を引かれた一因だったと思います。
大学ではどんな時間を過ごされたのでしょう
大学では本当にのびのびと過ごせて。白百合女子大学では私がクリスチャンであることは自然なことでしたし、独特に見られがちだった個性も受け入れられていきました。少人数制で仲間はずれのない教室の中で、初めて友人関係の温かさや社会交流の楽しさを味わうことができて。友達って本当にいいものだなと思いましたね。
大学のご友人に薦められて執筆活動を始動されます
あるとき、友人たちとニースでアパート暮らしをしてみようという話になったんです。暮らし始めて当初はバカンスばかり楽しんでいましたが、やがて飽きてしまって。で、テレビをつけてみるんですが、当然フランス語ですから何も分からない。本格的に何もやることがないとなったときに、なんとなく私が中学時代に書いていた詩や小説が話題になって。他にやることもないしせがまれるままに適当に書いてみると友人達に絶賛されて。そこから賞に応募という話になったんですね。そこから、あれよと受賞してしまって。
受賞後将来の展望はありましたか
突然のことでしたしまだ何も見えてはいませんでしたが、自分はこのまま作品を作っていくだろうという確信めいたものはありましたね。早くに結婚していたこともあって主婦業ありきでもあったので、そんなに肩肘はらずに向き合えたと思います。