
『サナキの森』
彩藤 アザミ/著
新潮社/刊
定価1,512円
運命を生き、時を超えて伝える思い
深い余韻の残る作品を読み終えた後は、書き手なる作家の読書履歴に思いが及ぶ。今までどんな本を読んできたのだろう。好きな作家は誰だろう。書いているとオリテくるのか? 初の作品で読み取れようはずもなく、この後しばらくこの作家の描く世界を追ってみようと思った名作推理小説。
先ずは表紙をじつくりながめる。羽を広げた優美な蝶の中心に赤い鳥居を配し、蝶と重ねて描かれた分厚い本。この物語のテーマ三点を見事に描き切っている。プロが手掛けた究極の読書画。味わい深く読み終えて、しばし表紙絵露況鉢ったのでした。
物語は、主人公の荊庭紅(いばらばこう)が作家だった祖父の遺作「サナキの森」にはさまれた手紙「遠野の社に行き、嗣の奥に隠したべっ甲の帯留めを探して私の墓前に供えて欲しい」という願いを叶えるべく遠野を訪れ、主人公の中学生の泪(るい)と共に80年前の事件を推理しながら調べ、遂に謎を解く。
鮮やかに蘇る往事の人物は時を経て祖父の遺志のままに真相を語る。物乞いでしか生きられなかった姉妹。貧困と飢餓から脱しきれずついに息絶えた姉。姉亡き後、乞われて冥婚なる、戦死した男の花嫁となった妹の悲運。交錯する激しい愛と相克。
さなかに紅は淡い恋をし、泪と過ぎし日の傷みを分け合う。祖父が死してなお伝えなければならなかったこと。ミステリーの好きな方、辞書を片手に想像力を全開にして若き作家の挑戦に応えましょう。旧字体とポップな現代文で交互に描かれる密室殺人の謎解き。読み始めたら深い森へと迷い込んで夢中になるかも。
私は、図書館からこのように豊かな書き手が育つことを夢とします。
(評・千葉県立印格明誠高校司書 山中 規子)
(月刊MORGENarchive2015)