「わたしのマンスリー日記」 第30回 加賀遠征―「史上最大の作戦」(The Longest Day) その1「ようやくあえた」―涙の初対面!!

 ついに谷川彰英先生とお会いする日を迎えた。私の人生、本当にいろいろなことがあったが、こんなにもすばらしい時間があるなんて、想像すらできなかった。
 教育学者、筑波大学名誉教授――先生のお肩書きは書ききれないほど多く、私のような者が一緒に写らせていただくのも申し訳ないくらい、尊く偉大な方。
 私が教員になって初めて買った社会科の本は、谷川先生のご著書だった。『柳田國男と社会科教育』『戦後社会科教育論争に学ぶ』『地名を生かす社会科の授業』をはじめ、生活科や食育まで多岐にわたり執筆されてこられた。
ALSを発症された後も、さらに9冊の本を世に送り出され、地名から歴史や地理を深く読み解いてこられた。また『ALSを生きる』(東京書籍)を通して、多くの人々に勇気や希望を与えておられる。
 先生の在り方や言葉から生きる力をいただき、苦難を乗り越えて前に進もうとする人々が全国に数多くいらっしゃる。私もその一人だ。谷川先生は、私がしんどい時も見捨てず、病床からずっと応援し続けてくださった恩人。
 今日、初めてお会いした瞬間、先生が笑顔になられ、その頬を一筋の涙がつたうのを見た。なんて清らかなのだろう。
先生の光の心に触れ、自分の心の醜さが恥ずかしくなるほど。これまでいただいたご恩を思い出し、私も涙がこぼれた。
詳しくは『ALS 苦しみの壁を超えて ―利他の心で生かされ生かす』(明石書店)に綴られているが、先生は私を「戦友」と呼び、「貴女のよさは私がわかっている」と言ってくださった。その言葉で、私を守ってくださっている。
 会場で、先生の教え子である田淵さんや田中さんとも出会い、先生がいてくださる喜びを分かち合った。面会者は絶えず訪れ、先生が多くの人に愛されていることを改めて実感した。
 林真理子さんや鎧塚俊彦さんなど著名な方々も谷川先生に挨拶をされる。東海林良さんは涙ながらに「谷川には会いたくなかった。悔しい。柳ジョージも松田優作も、俺は行かなかった。やっと10年かかって墓参りに行った。まだまだこれからって時に」と語られていた。
 人と人とのつながりをポチッで簡単に断ち切る風潮、目的のためには手段を選ばないエゴイズム、共感性を欠いたナルシズム、年齢や性別による差別、見下し、変な仲間意識とエコーチェンバーそんなものは薄っぺらく思えた。
 先生にお会いし、またその周りに集う達観した方々とお話しして、もう小さなことで傷つく必要はないと教えていただいた。里中満智子さんやさかもと未明さん、岡田直人さんのお話からも、命のありがたさや家族・周囲の温かさを改めて感じた。
 小さなことで挫けず、もっと大きな視点で考え、楽しむこと。
 まだ生きている、まだ自分で動ける。それに気付かないのはもったいないこと。先生が目の動きだけで伝えてくださったメッセージを、通訳の原ゆうこさんが汗びっしょりになりながら綴ってくださった。
そのメモは、宝物だ。
「ようやくあえた」 「くるし デパス」
「いまはすっかりよくなったので おはなししよう よくきたね ずっとあいたかった」
「いまも がっこうやかぞくのことで なやみがある? ぼくも あなたのことを しょうがいのせんゆうとおもっている」
 すべての皆さまに、心から ありがとうございます。

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