『路地のあかり ちいさなしあわせ はぐくむ絆』

松崎 運之助/著
東京シューレ出版/刊
定価1,728円

豊かな社会に生きる中高生に味わってほしい温かさ

 松崎運之助さんは、山田洋次監督の映画「学校」の原作者である。この本で松崎さんは、今までの人生で出会った人達との出会いや別れを描いている。松崎さんは終戦の年に満州で生まれた。大陸から引き揚げてきた一家は、長崎のバラック小屋で暮らし始める。母親は松崎さんを始め、兄妹3人を日雇い仕事をしながら育てた。仕事から帰る母親を外灯の下で影踏み遊びをしながら待つ兄妹。そして母親との語らい。貧しいけれど決して不幸ではない。必死に働きながらも子どもを大切にした母親の姿を見て松崎少年は育つ。

 やがて働きながら勉強し、松崎さんは夜間中学の教師になった。そこには様々な年代や事情を抱えた人達が通ってくる。 「字は書けないけど、恥はいっぱいかいてきた」人達。「習った字が、街のあちこちから顔を出して私の方に寄ってくる」と目を輝かせて言う。私はかつてこんなにも学ぶ喜びを生徒に味あわせたことがあっただろうか。新卒の家庭科の教員は、スカート作りを自己流で進める女生徒に 「いいかげん」と注意をする。彼女は「必死に生きていくために手探りで覚えた縫い方、いいかげんじゃない」と言う。彼女の言葉にみんな涙を流す。「自分の価値観でしか、人を見ていなかった」と気づき、「心の叫びに耳を傾けようとする」教師。教師もそうやって生徒とのやりとりの中で成長していく。

 私達は、表通りの明るさばかりに目がいくけれども、路地裏の明かりのなんと温かなことだろう。教育に携わっている人、これから携わろうという人に読んでもらいたい本である。そして豊かな現代社会に生きる中高生にもこの温かさを味わってほしい。

(評・神奈川県横須賀市立鴨居中学校司書教諭 今井 司)

(月刊MORGENarchives2015)

関連記事一覧