『やなせたかし おとうとものがたり』

やなせたかし/詩・画
フレーベル館/刊
定価1,620円

何度も手に取り読み返す一冊

 「アンパンマン」の作者として知られるやなせたかしさんの自伝です。

 やなせさんには題になっているように弟がいて、二人はとても仲が良かったのです。やなせさんが五歳、弟が三歳の時に二人の父が亡くなり、以後、兄弟の人生は平坦な道ではなくなります。そんな中でも兄と弟の互いを思い合う気持ちがあって、温かい気持ちにさせられます。やなせさんが自分より強くなっていきそうな弟に劣等感を抱き、柔道で思いっきり投げ飛ばし、たたきのめす場面があります。そんな時でも弟は涙ぐんで「兄ちゃんは強いよ。でもなぜそんなにひどくするんだ」と言います。喧嘩になっても不思議ではないのに、兄を責める言葉はありません。その為、温かく懐かしいエピソードとして、心に素直に入ってきました。やなせさんの影絵のような絵がこの温かい文章を更にひきたてています。絵だけ見ていても想像をかきたてられ、時間を忘れます。

 『人生に 「たら」 という言葉は禁句です。』と、やなせさんは書いています。しかし、やなせさんはやはり「たら」と考えてしまうのです。それは、仲良しの弟が二十二歳で戦死してしまったことと、無縁ではありません。もう二度と会えないし、何かしてあげることもできないのです。やなせさんは若くして亡くなってしまった弟がもし生きていたら、どんな言葉をかけようかと考えたりもするそうです。私にも亡くなってしまった家族がいます。 「あの時、ああしてあげていたら」と後悔することもあります。

 この本は、何回も手に取って読み返してしまう一冊です。

(評・東京玉川学園中等部教諭 鈴木 雅代)

(月刊MORGENarchives2014)

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