「対話的探究への招待――哲学すること、対話すること」第1部 哲学と対話

 人間は元の姿に戻ろうとして、自分の半身を恋い求め、合一を試みる。かつて男だった者は男どうし、女だった者は女どうし、アンドロギュノスだった者は異性を求める。エロースとは、人間が本来の片割れを求める本性(本来の性質)であり、それを通して全体性を回復しようとする欲求だというのです。
 アガトンのスピーチには、ソフィストの弁論術、とりわけゴルギアスからの影響が顕著に見てとられます。同じ音韻がリズミカルに反復され、言葉遊びの技巧が凝らされており、まるで歌を聴いているようです。このスピーチでは、ソフィストの流儀に従って、まずエロースのはたらきに先立って、エロースの本性が明らかにされます。そしてエロースの本性は、その美しさと徳のうちに見定められます。このようにしてアガトンは、若く軽やかなエロースの姿を歌い上げます。
 最後にソクラテスが登場します。それとともに場の雰囲気は一変します。

ソクラテスの登場

 ソクラテスは冒頭から、根本的な問題を提起します。なるほどこれまでのスピーチはどれも流麗だった。アガトンのスピーチはとりわけ美しかった。しかし、エロースを讃美する言説の競い合いは、美辞麗句に終始してよいものだろうか。真実を無視して、美しい言葉でエロースを飾り立てるだけでよいのか。むしろエロースの真実を語ることこそが、本当に美しく、立派に讃美するということでないのか。
 このように「真実を語る」という方針を明らかにしたうえで、ソクラテスはアガトンに問いかけ、対話を始めます。一問一答式のやりとりを通して、ソクラテスはアガトンとともに、エロースとはなにかを突きとめようとするのです。

「エロースはなにかへの愛なのだろうか、それとも、いかなるものへの愛でもない
のか?」
「もちろん、なにかへの愛です。」
「それでは、エロースは、それへの愛であるその対象を、欲求しているのか、いな
いのか?」
「もちろん、欲求しています。」
「欲求して愛しているその対象をもっているときに、それを欲求し愛するのか。そ
れとももっていないときか?」
「どうやら、もっていないときです。」5

 ソクラテスは、およそ以上のやりとりを要約して、アガトンに改めて提示します。「欲求する人は、手もとにないもの、現にないもの」、つまり自らに「欠けているもの」を欲求する。それこそが「欲望や愛が求める対象なのではないのか」。「まったくその通りです」と、アガトンは答えます6

5前掲『饗宴』113-4頁(199E-200A)。 前掲『プラトン哲学への旅 エロースとは何者か』1256 頁。ただし表記を一部改めています。
6 前掲『饗宴』116頁(200E)。 前掲『プラトン哲学への旅 エロースとは何者か』127頁。

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