
「わたしのマンスリー日記]」 第33回 「科学の芽」賞の眼(め)─科学する心
4 「科学する心」
このご挨拶に「科学する心」と銘打ちました。さりげない言葉ですが、ここには学間と教育についての私の強い思いが込められています。「ふしぎだと思うことこれが科学の芽です」という言葉を目にした時に体に電撃が走るような感動を覚えたのは、私が民俗学者の柳田国男の研究者だったからでした。
私は博論で柳田国男の教育思想の成立週程をまとめたのですが、知れば知るほど柳田国男の学問観と教育観に魅せられていきました。先生の思想は一言で言うと「学問と教育の一体」論でした。
学問は「世のため人のために」役立つものでなければとして民俗学を興し、その成果を教育に生かそうとしたのです。晩年には国語と社会科の教科書の編纂に力を尽くしました。
柳田学はよく「問いの科学」と呼ばれることがありますが、その趣旨は学問は日常の素朴な疑問から出発しなければならないというところにありました。先生は「彼等くらい経験の浅い者(子ども、谷川註)が、自ら知るうとする問いにも答えられぬようだったら、我々の学間などはおおよそ無用なものです」(「社会科教育と民間伝承」)とさえ言い切っています。学問のジャンルを超えてこの言葉は普遍的な真理のように思います。
また先生は歴史教育の目的は「史心の育成」としました。「史心」とは「歴史をとらえる心」のことですが、「歴史する心」と読み替えることも可能です。私は全ての学問の中核にあるのはこのような意味での「心」だと考えています。学問とは「問いを学ぶ」という意味ですが、「心」がなかったら問いを学び続けることは到底できません。
学問の「心」を支えるものは「わくわくどきどき感」だと私は考えています。これまで柳田国男先生・谷川健一先生の後を追いかけて数十冊の地名本を世に問うてきましたが、今でも地名について書く時は「わくわくどきどき感」を抑えることができません。これは心の中にともった灯が消えていないからです。
教育の、そして教師の役割は、一人ひとりの子どもの中にあるこの「わくわくどきどき感」に灯をともしてあげることだと、私は考えるのです。
記憶をたどりながら「科学の芽」賞の眼について述べてきました。20年前の創設時には文字通り「芽」でしかなかった「科学の芽」賞も今や立派な「茎」に成長し、近い将来大輪の「花」を咲かせることでしょう。30周年、40周年を目指して頑張ってください。これは約束です。
(元 国立大学法人筑波大学 理事・副学長・附属学校教育局教育長・教授・特任教授)
*アイキャッチ記念写真は1回目の表彰式のもの。中央左に岩崎洋一学長、右に私。


谷川 彰英 たにかわ あきひで 1945年長野県松本市生まれ。作家。教育学者。筑波大学名誉教授。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。千葉大学助教授を経て筑波大学教授。国立大学の法人化に伴って筑波大学理事・副学長に就任。退職後は自由な地名作家として数多くの地名本を出版。2018年2月体調を崩し翌19年5月難病のALSと診断される。だが難病に負けじと執筆活動を継続。ALS宣告後の著作に『ALSを生きる いつでも夢を追いかけていた』(2020年)『日本列島 地名の謎を解く』(2021年)『夢はつながる できることは必ずある!-ALSに勝つ!』(2022年、以上いずれも東京書籍刊)、『全国水害地名をゆく』(2023年、集英社インターナショナル)がある。
(モルゲンWEB20260111)
