「対話的探究への招待――哲学すること、対話すること」第1部 哲学と対話

第7回 多声の対話――対話を〈他者〉に開く

 ロシアの思想家バフチンは独自の視角から、プラトンの「対話」に批判を加えます。対話篇には、複数の人物が登場する。しかしそれら複数の声(ポリフォニー)が呼応し響き合うことはない。もっぱら著者プラトンの単声(モノフォニー)が鳴りわたるだけだ。それはプラトンの対話篇が〈他者〉を欠いていること、対話的でないことの証左だというのです。
 今回はバフチンのプラトン批判を糸口に、ポリフォニー論という視角から対話を捉えなおし、対話を〈他者〉に開くことを試みます。それに先立って、ソクラテスの対話とプラトンの対話篇を区別しておくことにしましょう。

ソクラテスのダイアローグとプラトンのモノローグ

 ソクラテスは政治家や詩人、職人など、「知恵ある」と自他ともに認める人たちと対話を試み、相手と自分の「知恵」を吟味しました。それを通して双方が大切なことについて「知らない」(不知)ということが判明しました。ただし相手は、社会的地位や名声、自らの技量を恃(たの)み、自分こそ「知恵ある」と思いこんでいます。自らの「不知」を自覚できないため、「思いこみ」(ドクサ)を脱することができません。対してソクラテスその人は、「知らないことを、知らないと思っている」。その自覚に基づいて、哲学という探究の営みへ赴きます。
 ソクラテスは1冊の書物、1篇の論文も書きませんでした。もっぱら他者と対面し、対話するという仕方で、哲学を遂行しました。そのような師の姿、哲学する生き方を伝え、また自身も継承するため、プラトンは対話篇を書きました。ソクラテスその人の対話スタイルを反映して、初期の作品では、対話的探究はたいてい途上でアポリア(行き詰まり)に陥ります1。しかし中期・後期の作品になると、ソクラテスと相手との一問一答の問答形式が次第に崩れ、主人公のソクラテスが自分の考えを積極的に提唱するようになります2。ドグマティック(教説提示的)な性格が強まり、「対話」というスタイルを採用する必然性が弱まるのです3。プラトンの対話篇は対話的な性格を失っていく、他者不在の「対話」に変容する、といってよいでしょう。バフチンは、次のような見立てを示します。

1 初期対話篇の代表作としては、『ソクラテスの弁明』『クリトン』『ラケス』『リュシス』『プロタゴラス』『ゴルギアス』『メノン』が挙げられます。納富信留『プラトンとの哲学対話篇を読む』岩波新書、2015年、11頁。
2 中期期対話篇の代表作としては『パイドン』『饗宴(シュンポシオン)』『ポリテイア(国家)』、また後期対話篇の代表作としては『ソフィスト』『ティマイオス』『政治家(ポリティコス)』『法律(ノモス)』が挙げられます。
3 藤沢令夫『プラトンの哲学』岩波新書、1998年、57-8頁。

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