
「対話的探究への招待――哲学すること、対話すること」第1部 哲学と対話
話し手と聴き手の能動的な役割
バフチンによれば、言葉は話し手と聴き手の相互関係の所産です。そこでは話し手と聴き手の双方が主体的・能動的な役割を担います。「語りかける」という行為は明らかに主体的・能動的です。それに対して「聴いて理解する」ことは、一見したところ受動的に映ります。しかしバフチンはここに高度な能動性を見出します。
能動的理解は、理解対象を理解者の新しい視野のなかに参加させ、理解対象との一連の複雑な相互作用や共鳴、不協和を打ち立て、理解対象を新しい諸契機〔要素〕で豊かにする。まさにこのような理解を、話し手も考慮に入れているのである。20
話し手が聴き手に注目しているということは、聴き手固有の視野、聴き手固有の世界に注目していることにほかならないのであって、そうした視野や世界はまったく新しい契機を話し手の言葉のなかにもちこむ。このときには、相異なるコンテクス
トや相異なる視点、相異なる表現的アクセント体系、相異なる社会的〈言語〉が相
互に作用しあうのである。21
「語りかける」ことと「聴いて応答する」ことは、同等の関係にあります。むしろ創造性という点では、後者が前者を凌駕しているといえるかもしれません。聴き手は、話し手の〈他者〉です。だからこそ聴き手は、話し手と聴き手の相互作用において、無比の創造的な役割を果たすのです。聴き手の自立的・創造的な役割を発見し、強調することは、バフチンの対話論の大きな特徴といってよいでしょう。22
相手と自分が互いに〈他者〉として出会うからこそ、対話は豊かになります。逆にいえば、相手と自分の差異、相手の他者性を覆い隠すような言動は、対話を「貧窮化」します。たとえば相手に寄り添い、相手の身になって考えることは、一般に推奨されるでしょう。しかしバフチンによれば、安易な同調や感情移入は〈他者〉としての余剰を台無しにし、〈他者〉としての責任を放棄する行為にほかなりません。
〈他者〉としての余剰を活かして、〈他者〉としての責任を果たすことは、たやすいことではありません。自身の発話が不調和や不協和を生み出すこともあるでしょう。しかし不協和音をふくめてポリフォニーです。勇気をだして、自分の声を発するほかありません。相手がいったいなにを言いだすのかも、予測できません。ましてや先取やコントロールなどできません。なにしろ相手は〈他者〉ですから。受けとめきれない言葉が返ってくることもあるでしょう。しかしそれをふくめてポリフォニーです。相手にも、自由に声を響かせてもらいましょう。対話には、先を見通せない危うさ、やってみるほかないという冒険的な側面があります。哲学者・文芸批評家の柄谷行人とともに、それを「暗黒のなかでの跳躍」ないし「いのちがけの飛躍」と呼んでもよいでしょう。23
最後に考えてみましょう。なぜドストエフスキーはポリフォニー小説を創作することができたのでしょうか。〈他者〉、つまり「無限で完結不能の他者」(バフチン)を自らの作品のうちに迎え入れる感性や着想は、いったいなにに由来するのでしょうか。これに関して柄谷は、興味深い洞察を提起しています。「キリストという他者」こそ、ポリフォニー小説家ドストエフスキーの原点だというのです。24〈他者〉としてのキリストという論点は、「哲学」と「対話」双方の捉え返しを迫ります。それについては次回、キェルケゴールの〈実存哲学〉とウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」のかかわりに注目しながら論じてみようと思います。
20 同書45頁。ただし表記は一部改めています。
21 同書46頁。
22 連載の後半部では、このようなバフチンの所見と哲学者ハイデガーの洞察を照らし合わせて、「聴く」ことについて考察します。 23 柄谷行人『探究1』講談社学術文庫、1992年、9.36.92頁。ただし表記は変えています。
24 同書208頁。

竹之内 裕文(たけのうち・ひろぶみ)
静岡大学未来社会デザイン機構副機構長、農学部・創造科学大学院教授。専門分野は哲学・死生学。東北大学大学院文学研究科後期博士課程修了。博士(文学)。東北大学大学院文学研究科助手、静岡大学農学部・創造科学技術大学院准教授を経て、2010年4月より現職。ボロース大学(スウェーデン)健康科学部客員教授(2011-12年)、グラスゴー大学(英国)学際学部客員教授(2022年)、松崎町まちづくりアドバイザー(2022年-現在)。 「対話」と「コンパッション」を柱に、国内外で広く活躍している。死生学カフェ、哲学塾、風待ちカフェ、対話・ファシリテーション塾などを主宰する。団体コンパッション&ダイアローグ(一般社団法人化を予定)代表。『死とともに生きることを学ぶ 死すべきものたちの哲学』(ポラーノ出版)により第14回日本医学哲学・倫理学会賞を、研究発表「『死』は共有可能か? ハイデガーと和辻との対話」により第8回ハイデガー・フォーラム渡邉二郎賞を受賞。
(モルゲンWEB20260125)
