『はじまりのとき』

タィン=ハ・ライ/著 代田 亜香子/訳
鈴木出版/刊
定価1,728円

戦争の悲しみよりも生きることの喜びを

 物語は1975年2月11 日の日記から始まる。主人公のハは、母、そして三人の兄と戦争まっただ中の南ベトナムに暮らしている。父はといえば、九年前に海軍の任務中に捕えられ、行方不明中。戦火がすぐ近くまで来たため、一家はベトナムを離れ、移民することを決める。南ベトナムでの生活、船上での生活、そして移民先のアメリカでの出来事。著者はそれらを実際に十歳で体験したことをもとに、日記の形式で記している。

 ハにとって特別な日が、日記の中で三回登場する。そのうちのーつが1975年9月2 日。アメリカでの初登校日となったこの日、彼女は七回も日記をつけ、「いままででいちばん長い日」と名付けている。英語のわからないハが、クラスメイトが何を言っているのか分からず戸惑う姿、給食時に肌の色でわかれて座っている生徒を見て自分の所在のなさを感じている様子が伝わってくる。戦争により学校が閉鎖されたことを残念に思っていたハ。それだけに学校生活をどんなに楽しみにしていたことか。しかし現実は、クラスでうまく説明できない自分がバカでいるような気持になってしまう。

 テレビや写真での報道により、その悲惨さが多くの人の記憶に刻まれたベトナム戦争。しかしながら、実際に見聞きしたことのない世代も増えつつある。本書は、そのような世代でも、ハの目を通して戦争について知ることができる一冊である。戦争について書かれていながら無理なく読み進められるのは、ハがとにかく前向きで、いつも家族のことを大切に思っているからだ。それは戦争によって彼女に降りかかった悲しみよりも、生きることの喜びを強く感じさせてくれる。

(評・島根県松徳学院中学校高等学校図書館司書 新宮 泰恵)

(月刊MORGENarchives2014)

関連記事一覧