「対話的探究への招待――哲学すること、対話すること」第1部 哲学と対話

第 8 回 主体的な真理の探究としての哲学と対話〈前篇〉

 理学部数学科卒業後、筆者は文学部哲学科に学士編入学し、哲学の道を歩み始めました。数学科時代はキャンパスにあまり足を運ばず、海辺や河原でニーチェやキェルケゴールを読んで過ごしました。やがて亡き父の書棚から哲学書を引っぱり出して読むようになりました。そのうちの 1 冊が『ソクラテスとキェルケゴール イロニーの概念』でした1。父が学生時代に神田の古本屋で購入した本と思われます。
 今回の原稿を書くにあたって、36 年ぶりにこの本を読み返しました。それには二つの理由がありました。ひとつには、自分が哲学を志したときの原風景にふれておきたいと思いました。当時は、いずれ神学部で学び、牧師になるつもりでいました。哲学科ではその準備として、キェルケゴールと取り組むつもりでした。しかし結局、卒業研究ではハイデガーの『存在と時間』を題材に、「死へ臨む存在(Sein zum Tode)――ハイデガーにおける存在了解の地平」という論文を書きました。その後も、神学部へは進まず、文学研究科(大学院)でハイデガー研究を続けました。哲学を志した当初、自分はキェルケゴールのどこに惹かれ、哲学のなにに魅せられていたのか。その原風景に降り立って、自身の「哲学」理解を練りなおしたいと願っています。
 もうひとつには、キェルケゴールの思想形成に対するソクラテスの影響を見定めたいという理由からです。本連載の第5回で確認したように、ソクラテスは知を愛し求める「哲学」の営みを、神から与えられた使命と受けとめ、「哲学する生」を全うしました。またそれに際して、自分の思索や研究成果を、いわば客観的な真理として、著作を通して不特定多数に発信するのでなく、「対話」を通して自他が主体的な真理に到達することを試みました。いわゆるソクラテスの「助産術」です。ソクラテスから比類のない示唆を受けて、キェルケゴールは「間接的伝達」という対話の手法を練り上げます。
 一般に哲学史では、キェルケゴールは「実存哲学」の先駆者と位置づけられます。ヤスパースとハイデガー、サルトルは、「実存」に関するキェルケゴールの洞察に注目して、「実存哲学」と総称される哲学潮流を生み出しました。しかしそれに際して彼らは、キェルケゴールの実存の思想を固有のコンテクストから引き離し、キリスト教色の脱色と加工を施しました。それによってキェルケゴールは、「キリスト教という要素を毒抜きされた、不安や絶望という実存の心理にかんする思想の提唱者」に姿を変え、「実存哲学」の先駆者という位置を与えられることになったのです2。それに対して鈴木祐丞は、キェルケゴールが自らの思想を彫琢した生活世界から、固有の〈実存哲学〉を浮かび上がらせます。そのうえでソクラテス、キェルケゴール、ウィトゲンシュタインという〈実存哲学〉の系譜を描き出します。

1 齊藤信治『ソクラテスとキェルケゴール イロニーの概念』學藝書房、1950 年
2 鈴木祐丞『〈実存哲学〉の系譜 キェルケゴールをつなぐ者たち』講談社、2022 年、61 頁

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