「対話的探究への招待――哲学すること、対話すること」第1部 哲学と対話

 1830 年、セーレンはラテン語学校を卒業し、コペンハーゲン大学に入学します。基礎教育を受けた後、牧師になってほしいという父の悲願を背負って、神学を専攻します。神学部では、デンマーク国教会の正統主義神学のほか、敬虔主義神学、近代の合理主義神学や自由主義神学に接します。シュライエルマッハーやグルントヴィの思想、ヘーゲルやソクラテスの哲学からも影響を受けます。精神世界の広がりに応じてセーレンは、父が敷いたレールの上を歩き続けることに疑問を抱くようになります。自分はいったい何者であり、どのように生きるべきなのかと、自己のあり方を問い続けます。彼の足は次第にキャンパスから遠ざかります。1835 年夏、彼はひとり旅に出ます。コペンハーゲン北方のギレライエという町に滞在し、手記に次のように書き記します。

私に本当に欠けていること、それは(略)私が何を知るべきかについてではなく、私が何をするべきかについて、自分自身についての明晰さへと至ることである。そのためには私の規定[使命]を理解せねばならず、私が何をすべきであると神が本当に望んでいるのかを知らなければならない。重要なのは、私にとって真理であるような真理を見出すこと、そのために私が生きそして死ぬことを欲するようなイデー[理念]を見出すことである。いわゆる客観的真理を見つけ出したとして、(略)それが私にとってなんの役に立つというのだろうか。5

 「私にとって真理であるような真理」、「そのために私が生きそして死ぬことを望むようなイデー」、キェルケゴールはそれを「主体的な真理」と呼びます。そしてこのような真理の探究こそ、神が定めた「規定」であり、彼に与えた「使命」であるという確信を深めていきます。
 文学研究科哲学専攻(修士課程)に進学した年の夏休み、筆者はキェルケゴールの足跡を訪ねる旅へ出ました。ギレライエにも足を延ばし、別荘地の一画で、上の言葉が刻印された碑を探しあてました。筆者はこの碑の前に立ち、キェルケゴールとともに「主体的な真理の探究」に赴く決意をしました。
 数学や科学においては、客観的思考に基づいて客観的な真理が追究されます。主体的な思考は不要であるばかりか、客観性を損なうという点で有害でさえあります。「客観的思考は、思考する主体とその実存に対して無関心である」といってよいでしょう6。それに反して主体的な真理の探究においては、ほかならぬ「この私」が問題となります。自分はなぜ、なんのために生きるのかという実存的な問いとともに、探究が始動するのです。ここでは、自分はいったい何者であるのか、どのように考え、行為し、生きるのかという主体自身にかかわる問いを避けて通ることができません。主体的な真理の探究者、つまり「主体的思想家は実存する者として、自己自身の思考に本質的に関与し、その思考のもとに実存する」のです7

5 セーレン・キェルケゴール『キェルケゴールの日記――哲学と信仰のあいだ』鈴木祐丞編訳、講談社、2016 年、280 頁。ただし訳語は一部変えてあります。
6 『原典訳記念版キェルケゴール著作全集 第6巻』大谷長訳、創言社、1989 年、342 頁。
7 同書、同頁。

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