「わたしのマンスリー日記」第34回「今日の日はさようなら」その1

2 ABA「ドロボー!発言」伝説

 6月14日の日曜日二人の教え子が訪ねてくれました。教え子と言っても大学での教え子ではありません。学生時代に立ち上げたABAという学習塾での教え子です。ABAの立ち上げの経緯については『ALS 人生の〝聖火ランナー〟―生きる勇気の波紋』(遊行社 2026年)に詳しく記しましたので是非お読みください。
 私は終生大学の教員であったように思われていますが、実は大学の教員になる前に8年にわたって塾を経営した経験の持ち主です。中学生を対象にした塾で、塾生は多い時は350名にも達しました。
 学校と違って塾に細かい規則はないので、自由奔放で痛快ドラマの連続でした。私は当時酒を一滴も飲まなかったのになぜか「ヘベレケ」と呼ばれていました。それだけで十分にマンガチックだというのに、そのヘベレケを主人公にしたドラマが生まれました。その最たるものが「ドロボー!発言」伝説でした。
 ある日の晩、塾の授業中のことてした。中2の男子生徒数人が集団脱走したことがありました。塾がいやになったわけではなく、ただ単にヘベレケの気持を引こうとしただけの中学生らしい悪ふざけでした。へベレケは駆け足で追いかけました。しかし彼らはサッカー部の選手、とても追いつくなどできません。そこでヘベレケは大声で、
 「ドロボー!」
と叫んだのです。すると意表を突かれた少年たちは走るのをやめて塾に戻ったという話です。完全にヘベレケの作戦勝ちでした。
 今から考えると笑い話ですが、そんな良き時代だったのですね。

PS 『ALS 人生の〝聖火ランナー〟―生きる勇気の波紋』(遊行社 2026年)を書き上げた途端、目が悪化して一時は失明の恐怖と闘う日々が続きました。そんな事情から何か月かスキップしてしまいました。ABAでの痛快な教育体験と「今日の日はなさようなら」の歌がどうつながるか、次回をお楽しみに!

谷川 彰英 たにかわ あきひで 1945年長野県松本市生まれ。作家。教育学者。筑波大学名誉教授。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。千葉大学助教授を経て筑波大学教授。国立大学の法人化に伴って筑波大学理事・副学長に就任。退職後は自由な地名作家として数多くの地名本を出版。2018年2月体調を崩し翌19年5月難病のALSと診断される。だが難病に負けじと執筆活動を継続。ALS宣告後の著作に『ALSを生きる いつでも夢を追いかけていた』(2020年)『日本列島 地名の謎を解く』(2021年)『夢はつながる できることは必ずある!-ALSに勝つ!』(2022年、以上いずれも東京書籍刊)、『全国水害地名をゆく』(2023年、集英社インターナショナル)がある。

(モルゲンWEB20260702)
 

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